1872年鉄道開業、高輪は初めて鉄道が走った近代化の礎を築いた地
2025年秋に品川周辺に事務所が移転になりました。これまでは東京の西側で勤務していたので、改めて「高輪ゲートウェイシティ」まで足を広げてみることに。TAKANAWA GATEWAY CITY内には日本初の鉄道開業時の蒸気機関車が「高輪築堤」を走った景色の様子等をARで体験できます。
高輪は江戸以降の物流の「玄関口」と「近代化」の役割を担ってきた歴史を有しているのですね。
*東京高輪海岸蒸気車鉄道の図 歌川広重(3代) 江戸東京博物館所蔵
江戸期からの物流拠点「高輪大木戸」
この地は戦国時代には「高縄原(たかなわはら)」と呼ばれており、江戸城とその背後の勢力圏を守るための重要な防衛線だったようです。
時を経て江戸幕府初期には、高輪の役割は軍事的な前線から都市の境界を管理する「高輪大木戸」へと変化。(大木戸:都市の治安維持と物流の監視を目的に設けられた巨大な検問所のこと)1634年(寛永11年)には運送業者たちが集い、牛車による物流の拠点となったようです。
泉岳寺と「忠臣蔵」
私たちに馴染みが深いのはやはり「忠臣蔵」。1702年(元禄15年)に発生した赤穂事件です。赤穂浪士四十七士が、最後に向かった先が浅野内匠頭が眠る東京・高輪の泉岳寺。泉岳寺では、毎年、4月1日~7日と12月14日に47義士を供養する「赤穂義士祭」を開催しています。
*所蔵:赤穂市立歴史博物館
「歴史と文化のゲートウェイ」、そして世界の日本の入り口へ
高輪周辺では、数多くの再開発プロジェクトが順調に推移しています。
1872年(明治5年)に日本初の鉄道が開通した際、「海の上に線路を敷く」という発想で作られた海上堤防「高輪築堤(たかなわちくてい)」の保存と並行して、2026年3月には泉岳寺駅に隣接する「THE LINKPILLAR 2」が開業します。京急羽田線・京成線直通の成田空港とのアクセスもよく、グローバルな玄関口へと変化しそうです。
時をかける高輪 — 鉄路と義士の記憶を歩く
最先端の「高輪ゲートウェイシティ」という舞台で、AR(拡張現実)を通して明治の築堤や江戸の義士たちと繋がる体験を江戸時代の物流現場で働く商工人や赤穂浪士はどう感じるのだろう・・・。
そんな風景に想いを巡らせつつ、AI和歌をつくってみました。
あともなき 海も道なる 高輪に 義士も見渡す 三柱の宮殿