「人は変えられない」 そんな言葉を聞いたことはありませんか?
でも、正直思いますよね。「いや、変わってくれよ。」って。
こっちは頑張ってるんです。
色々と家のことをして、 猫のご飯を工夫して、 空気を読んで、 気を遣って、 ちゃんとやろうとしてる。
なのに周りは、 のんびりしてたり、 動かなかったり、 言葉が足りなかったりする。
「なんで私ばっかり?」そう思う日、ありますよね。
【「なんで私ばっかり」が苦しくなる時】
人は、 “頑張っている時”ほど、 相手にも同じ熱量を求めてしまいます。
私はこんなに考えてるのに。
私はこんなに気を遣ってるのに。
私はこんなに頑張ってるのに。
なのに、 全然伝わらない。
きついですよね。
しかも、 「期待しなければいい」 なんて簡単にできない。
期待してしまうのは、 ちゃんと向き合っているから。
家族も、猫も、上司も、それぞれの世界で生きている。
例えば、 こっちは家事をテキパキしているのに、 家族はソファでゴロゴロしている。
「少しは動いてよ!!」 って思う。
でも、 学校や仕事で疲れて帰ってきて、 やっと安心できる家で ボケーっとしたい気持ちも、 きっとあるんですよね。
……いや、 自分もボケーっとしたい。
だったら、 ちょっと一緒にボケーっとしてもいい。
全部を完璧に終わらせなくても、 今日は最低限でもいい。
“ちゃんとやらなきゃ”を少し下ろすだけで、 心ってかなり楽になります。
【食べてくれない猫に、必死になってしまう時】
口元まで運ばないと、ご飯を食べない愛猫。
なんとか食べてほしい。
その一心で、 ご飯を変えて、 時間を調整して、
体調が悪い夜には寝不足になって、 気づけば心まで削れていく。
大切だからこそ、 苦しいんですよね。
私も、愛犬の介護中、 眠れない日々の中で、 追い詰められてしまったことがあります。
「もう一緒に……」 そんな考えが浮かぶほど、 必死でした。
でも、 虹の橋を渡ったあと、 思ったんです。
あの時間は、 大変だったけれど、 愛そのものだったなって。
手間のかかる時間。 終わらないように感じる毎日。
でもあとになって、 あの時間こそ、 かけがえのない宝物だったと気づく。
だから、 「めんどくさい」 って思ってもいいんです。
「今日はしんどい」 って思ってもいい。
だって本当に大変だから。
それでもあなたは、 ちゃんと向き合ってる。
それだけで、 十分すごいことなんです。
【言葉数の少ない上司】
職場って、 たった一言で空気が変わりますよね。
「ありがとう」 「助かるよ」 「お疲れ様」
その一言があるだけで、 人って救われる。
でも、 それを言わない人もいる。
でも、 だからといって その人を変えようとすると、 こちらが疲弊してしまうんです。
不機嫌そうに見える人も、 本当に不機嫌とは限らない。
生まれつきの眉毛の形かもしれないし、 寝不足かもしれないし、 人生に疲れてるのかもしれない。
もちろん、 だから何をされても我慢しろ、 という話ではありません。
ただ、 「この人はこういう人なんだ」 と少し距離を取れるだけで、 心がかなり楽になります。
仕事として必要なことができていれば、 まずはそれでいい。
私は、 自分が優しくいたいから、 優しくする。
相手がどうかは、 相手の課題だから。
【変えようとするほど、心は疲れていく】
人を変えようとすると、 ずっと監視することになります。
「なんでやってくれないの?」 「なんでわかってくれないの?」 「なんで変わらないの?」
でも、 他人って、 自分の思い通りにはならないんです。
だから苦しい。
そして実は、 “相手を変えたい” の奥には、
「わかってほしい」 「ひとりで頑張りたくない」 「助けてほしい」
そんな気持ちが隠れていたりします。
【じゃあどうしたらいいの?】
じつは、 他人を変える方法がひとつだけあります。
それは、 自分の在り方を変えること。
無理をやめる。 抱え込みすぎない。 完璧を目指しすぎない。
そして、 「私はどうしたい?」 を大切にすること。
誰かにイライラする気持ちの裏には、「こうするべき」という考え方が隠れています。
まず、その考え方に気づくこと。
自分が何を大切にしているかを知って、その価値観を大切にする。
人は人。
そうしていつの間にか自分が変わると、 不思議と周りとの関係も変わっていきます。
家族との空気感が変わったり、 猫が安心したり、 職場で気にしすぎなくなったり。
世界は急に変わらなくても、 “自分の感じ方”が変わると、 見える景色はちゃんと変わっていくんです。
【頑張りすぎるあなたへ】
あなたは、 十分頑張っています。
本当に、 よく頑張ってる。
だから、 全部背負わなくていい。
ちゃんとしなきゃ。 私がやらなきゃ。 私が変えなきゃ。
そうやって生きてきた人ほど、 肩の力を抜くのが怖いんですよね。
でも、 少しくらいボケーっとしても大丈夫。
少しくらい手を抜いても、 世界は終わりません。
そして、 あなたが笑っていることの方が、 ずっと大切だったりするんです。
今日もここまで、 本当にお疲れさまでした。