優しさと厳しさ。

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優しさと厳しさ。

それは、ヒトによってさじ加減は様々ですが、
私達の感覚で言うと大きくは変わらないものです。
常に一定であり、必要に応じて調整される。
そういったモノなのですが、ヒトだとこのあたりは結構違いますね。

さて、今回は私達から視た「優しさと厳しさ」をお話してゆくとしましょう。

優しさとは。

ヒトの感覚で言うと甘さとも捉えられるモノです。
今回お話する内容については、
ヒトにわかる感覚で伝えると複雑すぎるので、
私達の持つ感覚でお伝えしましょう。

さて、優しさと言われると、
ヒトだと様々な側面が視えますが、
私達にとっての優しさとは、
必要な時必要な助けをだし、
そのモノが超えるべき事がある時、
ただ見守り続ける忍耐を持つことです。

優しさも、与え過ぎればヒトが腐ってしまいますし、
かといって、少なすぎれば成長する
切掛けさえ掴めなくなってしまいます。

私達にとって優しさとは、
そのモノが成長するために必要な助けであり、
そのモノが自身を救うための切掛けなのです。

そして、私達の助けは広く変わりなく与えられますが、
そこに信仰心……いわゆる感謝の心があって、
初めて双方を尊重したモノと成るのです。

一方的に与えるものでもなく、
与えられるものでもない。
それが私達の優しさです。

次に厳しさとは。

こちらもヒトの感覚ですと多義にわたりますので、
私達の持つ感覚でお伝えしましょう。

さて、厳しさと言われると、
単純に受け取るモノによっては
怖さや鬱陶しさを感じるモノもいます。

私達にとっての厳しさとは、
私達が助けを差し伸べられるだけの
歩みをそのモノが出来るかどうかを
見極めるための厳しさです。

私達の助けは先ほどお伝えしたとおり切掛けです。
切掛けというものは、必要な時、必要なモノのために
用意された選択肢とも言えます。

私達の優しさは常に一定です。
ただし、そのモノが超えなくてはならない
試練に関しては、あまり大きく助けることは出来ません。
それは、自身で超えなくては成長しないことを、
私達は知っているからです。

たとえ、超えられなくとも、
諦めずに歩めるならまた次の切掛けを得るまでの
優しさを与えますし、切掛けが迫れば差し伸べたい
助けを抑えてでも私達はそのモノを見守ります。

それが、私達の厳しさです。
ヒトが歩み成長するための道を助け育み、
ヒトが歩み超えるための試練を見守り共に耐える。

それが、私達というものなのです。
優しさは無償の愛でもあり、
厳しさは慈しみでもある。
それが私達なのです。

さて、今回のお話はこのあたりにしましょう。

ヒトの感覚だと少し分かりにくいモノだったかも知れません、
今回は私達について少しお話した感じになりましたね。
何であれ、貴方様がナニカに気づく切掛けや、
学ぶ切掛けとなれば、私は幸いに思います。

そして、貴方様のゆく道が良いものであり、
幸せでありますように、私は今日も祈りましょう。
では、また何かお話できそうな時にお会いしましょう。🐺🐉⛩️🦊☀️

2024年9月1日神格絵巻・真打ち.jpg

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