喜怒哀楽の哀。

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哀とは。

いわゆる悲しいと言う感情です。
私達は基本的に喜怒哀楽を純粋に使いますが。
ヒトはが使うと色々と複雑になるのは他の感情と変わりません。

さて、今日は「哀」という感情についてお話しましょう。

哀とは?

多くの場合、悲しみと呼ばれる感情であり。
基本的には「陰」の力をもった感情です。
ただし、「喜」や「怒」と比べて比較的穏やかな力と言えます。

そして、「哀」と言う感情は、
基本的に心のメンテナンスに使われることが多いです。
このあたりに今回は注目してお話してゆきましょう。

「哀」は心のメンテナンス機能。

さて、なぜ「哀」が心のメンテナンス機能かと
気になったものも多いでしょう。
このあたりを簡単に説明するとなると、
「哀」は「怒」になりきらない感情を
発散する自己治癒機能みたいなものだからです。

悲しむという感情は、
怒りに近いものがあります。
しかし、純粋な「怒」ではないので、
それを発散する方法が心には必要でした。
それが「哀」です。

「怒」が自己防衛機能だとすると、
「哀」は自己治癒機能の一種であり、
悲しむことでヒトは心の安定を維持することがあるのです。

たとえば、大切なモノとのお別れや、
覚悟して挑んだことの失敗。
このあたりは大抵のヒトが歩みの中で
いくつか経験すると思います。

これらは「怒」に近い感情ですが、
「怒」をぶつける対象がないので、
基本的に処理しきれない事が多いです。
ここで機能するのが「哀」なのです。

「哀」が何故必要なのか?

「哀」は正直な所ヒトには嫌われがちな感情の一つです。
なにせ、だいたいこの感情を感じる時は
ヒトにとって辛いことがあった時が多いからです。

とはいえ、「哀」がなければヒトの心は
狂ってしまう可能性もあります。
何故狂うかと言われれば、
ヒトは感情を処理する方法をしらなければ、
それを溜め込んでいずれ爆発するか魂が欠損してしまうからです。

前者でも後者でもヒトにとっては良いことではありません。
もちろん、私達にとっても良いことではありません。
悲しみは辛いですし、苦しいこともありますが。
悲しまなければ心が耐えられないこともあるのです。

そう言う意味では、「哀」も使い方次第で
よくも悪くもなります。
悲しみも深すぎては立ち直れませんし、
浅すぎても処理しきれなかった感情が残って、
後の傷跡になってしまいます。

そういった意味では、やはりバランスは大事なのです。

さて、今回のお話はこのあたりにしましょう。

今日のお話は「哀」についてでした。
私達の使う「哀」は純粋な悲しみなので、
ヒトと違い物事への悲しみというと分かりやすいかも知れません。

今回は「哀」を意識してお話しましたが、
なんとなくいつもより言葉少なになった感覚が
あるかもしれませんね。

「哀」には停滞の力もあるので、
意識して使うと、この様に言霊も
静かな感じになりやすくなります。

喜怒哀楽というのはまだまだ奥深いので、
その時の感情をしっかりと感じたい時は、
意識して使ってみると良いでしょう。
今回のお話も貴方様がナニカに気づく切掛けや、
学ぶ切掛けとなれば、私は幸いに思います。
そして、貴方様のゆく道が良いものであり、
幸せでありますように、私は今日も祈ります。
では、またナニカお話できそうな時にお会いしましょう。🐺🐉⛩️🦊☀️

2024年9月1日神格絵巻・真打ち.jpg

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