情。
それは多くのモノにとって
動くための力となる場合もあれば、
歩みを止めてしまう切掛けになる可能性のあるモノ。
さて、今回はそういった情についてお話しましょう。
情とは。
多くのモノにとって、情は様々な事に関わる
心の作用と言えます。
何をやるにしても大抵の場合は、
この情というモノが心から発生して、
多くのモノを動かしています。
情と言われると今ひとつ分かりにくいかもしれませんが、
これを感情、色情、激情、苦情、友情などに言霊を言い換えると、
少し分かりやすくなるかも知れません。
いわゆる心の動きとも言えます。
そして、これらは多くの場合ヒトが使用する時、
様々なことを起こす力として使われます。
良い意味でも、悪い意味でも使われる力ですが、
ヒトであるなら一般的にはないと困るものです。
さて、情を使用する時
貴方様はそれらに支配される方でしょうか?
それとも制御する方でしょうか?
こうして問われると、
ヒトはついついどちらがよいのか?
悪いのか?と、いった思考をしがちです。
私達からしてみればどちらも悪いものではありません。
まあ、支配されすぎるのも問題ですが、
制御しすぎるのも問題があるのです。
こうした言霊にすると、
じゃあどっちも悪いじゃん。
と、なるモノもいるかもしれませんが。
そうではないのです。
ということで、少し踏み込んでみましょう。
情を使うということ。
情は先程お伝えしたとおり、
心の動きです。
心というのは魂であり、命であるというのは、
つい最近少し触れた気もするので、
そちらを参考にしていただければと思います。
では、この情というもの。
支配されすぎても、制御しすぎても、
よいものではないという扱いの難しいモノですが。
使いこなせれば多くの場合とても強い力となります。
ヒトから見た使い方の良し悪しはさておき、
私達も情はある程度使いながら助けを出すことが多いです。
もちろん、情を度外視することもあれば、
排除して事を進める場合もありますが、
基本的にはヒトを助ける時は、情をある程度使います。
このあたりはヒトであると難しい範囲に入ってきそうなので、
とりあえず、私達でも情を使うことはあるということだけ、
ここでは知っておいてください。
では、ヒトにとって有効的な情の使い方を
お話してゆくとしましょう。
ヒトにとって有効的な情の使い方。
ヒトが情を使う時、
もっとも注意したいのはその時起きていることに対して、
それが適切な感情であるか?ないかの判断が出来ることです。
このあたりは使いこなすには慣れや訓練が必要ですが、
例えば、自身ではどうにも出来ないことに怒り、
自身に全く関係ないことに大声だしていたら、
基本的にヒトは疲れます。
何だったら心が疲弊して最終的には狂うか、
何も出来ないことに無力を感じすぎて虚無となります。
そうなるとヒトの群れで生きていくのが難しくなるので、
まず、情を使う時はそれが自身に関係があることか?
自身が動いて少しでも力になれるか?どうにか出来ることか?
この二つを見て情の使い方の調整をしましょう。
ヒトにとって有効的な情の使い方。
自身に関係があり、力になれるかどうにか出来ることなら、
情の力を暴走しない範囲で使うように心がけましょう。
目安としては、自身の持っているモノでどうにか出来る範囲を
どうにかするくらいが丁度よいかもしれません。
例えば技術や知識的な支援や、
物資的な支援などが分かりやすいかもしれません。
次に、自身に関係がないけれど、力にはなれるし、
どうにか出来ることなら、無理しない範囲で
情の力を使えるように心がけましょう。
目安としては、技術や知識的な支援などが分かりやすいかもしれません。
最後に、自身には関係がなく、力にもなれない場合は、
一歩引きましょう。
一歩引いてみることで、そのことに対して情の力を
本当に使う必要があるのか?を、視ることで判断するとよいでしょう。
このあたりの目安はありません。
とても難しいラインなので、
これといった目安は自身で見つけるしかないのです。
それこそ個体によって可不可が大きく変わるところですからね。
このように、情は使い方次第で
他のモノを助けることも出来ますし、
自身を助けることも出来ます。
情も心から生じる力ですが、
視る側面を変えれば、一つの道具でもあるのです。
力も道具なのであれば、道具は使い方次第で
良くも悪くもなるのですよ。
まあ、ヒトから見た良し悪しはさておきとして、ですがね。
さて、今回のお話はこのあたりにしましょう。
今回も少々踏み込んだところをお話しましたが、
貴方様の学びや気づきの一助になれば、私は幸いです。
そして、貴方様のゆく道が良いものであり、
幸せでありますよう、私は今回も祈ります。
では、またナニカお話できそうな時にお会いしましょう。🐺🐉⛩️🦊☀️