出産立会 〜妻と完走したフルマラソン〜

記事
コラム
妻の出産に立ち会い、我が子が産まれた感動そのままに文を綴っているので、支離滅裂な文章になることをご理解頂きたい。

そもそもの前提として、私は出産に立ち会うことに躊躇していたし、正直何よりも怖かった。

出産に立ち会った友人の話や、You Tubeなどあらゆる情報を基にイメージしていた出産の場というのは「命懸けの行為」であり、父親はマッサージ程度しかできることがなく妻のストレスのはけ口としてボコボコにやられる場というイメージであったのだ。
また、命懸けの場であるが故に愛する妻がその痛みのあまり絶叫に近い悲鳴をあげている場面に立ち会うことで、二人兄弟を望む私が果たして無邪気に第二子も頑張ろう、なんて無責任に言えるのだろうかとすら思っていた。

しかしながら、妻の希望もさることながら我が家の家訓?としても「立ち会って当然」のムードであったことから、「立ち会わない」という選択肢は自ずと消えていった。

そんな生半可な覚悟であった私にもいよいよその時がきた。
妻のおしるしが1月17日深夜に出現、そのまま早朝より検診を行い、入院が決定。
「お昼ごはん食べたら入院グッズを持ってきて!」と言われるがままに気もそぞろで近所のラーメン屋に到着し、少しでも腹持ちがいいものを食べようと特製ラーメンと小ライスをオーダー。味覚障害に陥ったかのように匂いも味も何も感じないまま無心で完食。
キャリーケースやら枕やらを持参して病院へ。この時点では妻からも「検査して明日には退院するかも」程度のニュアンスであったことから、完全な無防備な状態で言われるがままにポーターよろしく荷物を運んだだけの「つもり」であった。

が、気づいたら妻の様子がおかしい。
明らかに朝見た状態と異なり、立ってるのもやっとの様子で陣痛に苦しむ妊婦さんそのものであった。
15時になり、助産師さんに促されるままに妻を連れて案内された部屋は「お産室」と見出しが出ていた。

嘘だ、話が違う。このままお産なんて聞いてない。心の準備も何もあったもんじゃない。逃げ出したい。帰りたい。

ただ、隣で苦しむ妻をよそ目に「心の準備できてないから一旦帰るね」なんて言えるわけもなく、持参したバッグから、うちわやらマッサージガンやらテニスボールやらを引っ張りだし「ポーター」から「出産サポーター」へと華麗に変身を遂げた。

時間の経過と共に、あれよあれよと場内の雰囲気は「今日、明日の勝負」というムードに一変していた。
さすがの私ももうこの時点では気持ちを完璧に切り替え、何が起ころうと妻の側に立ち、妻の痛みは自分が緩和するんだ、と覚悟を決めた。

妻の痛む箇所は時の経過と共に移り変わり、さっきまでヒットしていたポイントが刻一刻と変化する様はまるで海戦ゲームのようであった。

痛みに苦しむ妻と海戦ゲームを繰り広げているうちに夜も更け始め、20時の時点で「果たしてこの戦いは何時まで続くのだろう?早く楽にしてあげたい。早くいつも通りのくだらない会話をしたい」と思っていたタイミングで助産師さんの口から、「この様子(子宮口の開き具合)からすると夜中の2時ね」と信じがたい言葉が聞こえてきた。

え。
さらっと言うけど。
あと6時間?!

その時点で妻の痛みの間隔は5分おき程度に縮まっており、痛みの大きさも増していた。そんな妻に「あと6時間頑張れ」なんて口が裂けても言えない。

自分にできることは残酷な残り時間を伝えることではなく、ただひたすらに妻の欲するポイントを見つけ、持参した道具を駆使して痛みを和らげることだけだ。6時間だろうが10時間だろうが徹底的にやるしかない。
あらゆるマッサージを繰り広げていくと、次第に私の腰も痛みはじめ、手首は腱鞘炎のように悲鳴をあげ、握力もなくなっていった。
こうなったら気合と根性で乗り切るしかない。妻の代わりに産むことなんて自分にはできない。

妻の痛みは限界を超え、声は悲鳴を超えて雄叫びのように部屋中を響きはじめ、ここまで気丈に耐えてきた妻も「もう嫌だ」「助けて」と弱音を吐くほどに衰弱していった。

助けを求める妻に自分は何もしてあげられない無力さを感じたが、それでも痛みと共に「ここを押して!!!」と強く求められる限り自分の存在意義は必ずあると信じて妻を、そして自らを鼓舞し続けた。

予定していた夜中の2時を周り、妻の体力を勘案し、助産師さんが促進剤を使うことを決断。長かった勝負も第4コーナーまで差し掛かっていることは自分にも伝わった。

自分自身の身体の痛みや眠気の限界すべてを置き去りにして、ひたすらに和らぎポイントを押し続け、妻を励まし続けた。

これまで一人の助産師さんがついてくれていたが、勝負の佳境を迎え、婦人科医の先生や追加の助産師さんが駆けつけ、こうしてVS胎児との最後の綱引きが始まった。
妻も持てる力のすべてを絞り、息むことに全力を注いだ。
自分も手を握り、最後のエールを送った。
助産師さん、先生が総勢で引っ張り出してくれた。

その瞬間。

一瞬の静寂の後に、お産室に元気な産声が響き渡った。
泣いてる。
自分も、妻も、我が子も泣いている。

これまでの人生で味わったことのない感情が押し寄せ、堪えることなどできなかった。
妻を労い、スタッフの皆さんに感謝し、我が子が無事に産まれた場に立ち会えた奇跡にただひたすら感動していた。
その感動に加え、「あなたがいなかれば耐えきれなかった。とても心強かった」と、妻から労いの言葉をかけてもらえた瞬間には疲れなど何処かに吹き飛んでいた。

気づけば朝の5時。お産室に入ってから約14時間が経過していた。
なんでも、助産師さん曰く「初参にしては早い方」なんだとか。
仮に自分が好きなこと(トレーニングやゲーム)だとしても、「14時間やり続けて」と言われてもそれは土台無理な話である。

後々調べてわかったことなのだが、出産に関わる消費カロリーは「推定2,000キロカロリー」であり、運動に換算すると「フルマラソン」と同程度なのだそうだ。

お世辞にも体力があるとは言えない妻が出産というフルマラソンを頑張れたのも、我が子に会いたい一心と、ほんの微かな自分のサポートがあってこそなのかも?と、我ながらに思うし、完走してくれた妻を誇りに思う。

実際にこうして出産に立ち会った後の自分の気持としては、「あの場に立ち会えて本当によかった」と思えているし、妻への愛情や感謝、父親としての責任感その全てが一回りも二回りも増したと心の底から思える。
また、自分を産んで育ててくれた両親への感謝の感情も同時に爆発するものだから、期せずして相乗効果も生まれたのである。

今後、出産に躊躇しているパパさんや、パパさんの立ち会いに躊躇しているママさんに、この雑文が少しでも参考に、力になれば何よりである。

この駄文を、10ヶ月間お腹の中で育て、15時間ともに戦い抜いてくれた愛する妻に捧げたいと思う。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら