日本人の計算能力特性の弊害⁉
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こんにちは。
この度は閲覧、誠にありがとうございます。
前回、日本人の計算能力の高さに言及しました。
小学生の頃から、『四則計算』を学習し、
難なく使いこなしている我々日本人。
足し算、引き算のみならず、
掛け算、割り算もこなしてしまう。
普通のことと言えばそうなのでしょうが、
外国と比較するとそうでもないようです。
『計算能力が高いこと』は良いことです。
しかし、その影響が意外な面にあらわれています。
前回、外国人は引き算と割り算が
案外できないということを書きました。
(苦手と言ったほうが無難かもしれませんが…)
それ故、社会生活の中で、
これらの演算を使うことを好みません。
外国の社会(会社)は基本的に
足し算(プラス)を重視します。
そういう訳で、『プラス評価』が軸になります。
会社をどのように良くしてくれたのか、
会社の売上増にどれくらい貢献してくれたのか、
いかにプラスになることをしてくれたのかが、
評価の対象になります。
それに比べ、日本の社会(会社)は、
いかに損失を出さなかったのか、
というような『マイナス評価』を重視しがちです。
なので、『失敗』は大いなる汚点となります。
雇われ社長などに多いのですが、
自分の代では、
『現状維持で大きな損失がないことを願う』
というようなベクトルを持っている人も
多いかと思います。
それは、『引き算』が出来るが故の特性
といっていいのかもしれません…。
もし、外国のように
『引き算』に苦手意識があったのなら、
ちょっと世の中が変わっていたのかもしれない…
と考えてしまします。
もちろん、これは一つの考え方であり、
傾向的なモノではあります。
『マイナス重視』は文化的な側面もあるのも事実。
例えば、『茶道』などは
究極の引き算といってもいいです。
これ以上引くことが出来ない、
シンプルさは究極の美といえるでしょう。
ただ、『計算能力の高さ』は
特性(能力)と言えるモノ。
生きていくためには、
自分の特性(能力)をフル活用するモノです。
それ故、無意識のうちに、
そちらの方向に向かってしまうのかもしれません。
失敗は成功の要因。
現状を打破して、チャレンジしていく。
今の日本社会にこのような考えが本当にあるのか?
甚だ疑問が残る、今日この頃であります。
ちなみに、個人的には
『失敗しないと成功しない』と考えております。
『失敗は成功の種』
種がなければ、草木は生えません。
あ、そういえば、
ジャガイモって種ありましたっけ…?
イメージとしては種芋ですが、
アレって茎の部分だったような…?
種を蒔かないズルはいかんとですよ(笑)