「(疲れた…)」
金曜日の夜。
一週間の疲れがドッと押し寄せる身体を引きずり、駅までの道のりを歩く。
「(今週もパッとしない一週間だったなぁ…)」
思えば就職してからの2年間、平日は家と会社の往復で休日は家で疲れを癒す。
恋愛なんて浮いた話もないし、パッとしない人生。
「(私ってずっとこのままなの…?)」
一抹の不安が私を襲う。
「(そんなの嫌だ…‼︎私もキラキラした生活が送りたい…‼︎)」
だけど、キラキラした生活ってどうやって送るの?
良いとは言えない頭でグルグル考えていると、一軒のお店が目に入った。
"blue night"
心惹かれる看板とドアに吸い寄せられるように入っていった。
『いらっしゃいませ』
格好良いを通り越してキレイ、ちょっとわんちゃんを彷彿とさせる顔の店員さんが出迎えてくれた。
「初めてで…」
『こちらのカウンター席にどうぞ』
促された店員さんの前のカウンター席に座る。
『店長の隼人です。ようこそ、“blue night“へ』
優しく微笑む店長の隼人さん。
「こ、こういうお店初めてなんです…。何頼んだら良いとか分からなくて…」
『では、僕がオススメのカクテルを作りましょう。お酒は強いですか?』
「はい。割と何でも飲めます」
『少々お待ちください』
シェイカーを手に取り、まるで音楽を奏でるようにカクテルを作る店長さん。
出てきたのは、鮮やかなピンクが可愛いカクテルだった。
『ケープ・コッダーです』
「可愛い…」
『飲む前に一つ面白いことを教えます』
「??」
『“カクテル言葉“ってご存知ですか?』
「初めて聞きました」
『カクテルには一つ一つ象徴する言葉があるんです』
「面白いですね」
『是非、調べて見てください』
「はい」
美味しいカクテルに舌鼓を打つ。
『お口に合いましたか?』
「はい。とっても美味しいです。ありがとうございます」
『またいらしてくださいね』
「はい。また来ます」
良いお店見つけちゃった‼︎店長さん素敵だしカクテル美味しいし‼︎
あっ、カクテル言葉調べてみよう‼︎
スマホを取り出してケープ・コッダーのカクテル言葉を調べる。
“ケープ・コッダー:始まりはここから“
素敵な意味だなぁ。また金曜日の夜に行こう。
それから私は金曜日の夜になるとblue nightに足を運んだ。
店長さんのオススメのカクテルを飲んで、楽しくおしゃべりして、帰りにカクテル言葉を調べる。
“カシスソーダ:あなたは魅力的“
“ウィスキーフロート:楽しい関係“
“ブルーラグーン:ときめく心“
どれも素敵なカクテルで、カクテル言葉まで素敵。
そうやってすっかりblue nightに行くのが定番になったある金曜日の夜。
『いらっしゃい、葵さん』
「今日もオススメをお願いします」
『分かりました。少々、お待ちください』
出てきたのは琥珀色のキレイなお酒。
『シェリーです』
「キレイ…」
一口飲むと、甘めの味わいが口に広がる。
「美味しい…」
『良かった。シェリーは色々種類があって。葵さんの口に合うもので安心しました』
今日も美味しいお酒に、店長さんとの楽しいおしゃべりで時間があっという間に過ぎていった。
「それじゃあ、また金曜日に」
『葵さん』
お店を去る前、店長さんに呼び止められた。
「……??」
『お店を出たらこれを読んでください』
一枚のメモを渡された。
開こうとすると、
『今じゃなくて、後で読んで。お店を出てから』
「……?? 分かりました」
『それとシェリーのカクテル言葉、必ず調べてください』
「はい」
『それじゃあ』
私はお店を出てすぐにメモを開いた。
"駅前の時計台の下、0時に待ってる"
「……っ!!!?」
もしかして誘われてる…?
そんなはずはないと思いつつも、シェリーのカクテル言葉を調べる。
"シェリー:今夜はあなたにすべてを捧げます"
「……っ!!!?/////」
やっぱり誘われてるよね…?
どうして格好良くて素敵なカクテルが作れる店長さんが、冴えないOLの私を…?
考えれば考えるほど頭の中をハテナが埋め尽くす。
答えが知りたくなった私は、指定された場所で店長さんを待った。
『お待たせ』
時計台の0時を告げる鐘の音と共に現れた店長さん。
『一緒に飲まない?ビールしかないし、俺の家だけど良い?』
「は、はい…」
店長さんの三歩後ろを付いていく。
見えてきたのはキレイなアパート。
『入って』
「お邪魔します…」
『ソファに座って待ってて。ビール持ってくるから』
キレイな革張りのソファに腰掛ける。
『はい』
「ありがとうございます…」
ビールを持ってきた店長さんが隣に座った。
プシュッとプルタブを開けて、ビールを一口飲む。
ここに来る途中も考えていたけど、やっぱり店長さんが私を誘う理由が見つからない。
『"なんで誘われたのか分からない"って顔だね』
「は、はい…」
『初めてお店に来た時から"良いな"って思ってたんだ』
私の髪を撫でる店長さん。毛先を指にクルクルと巻き付けている。
『何度も来てくれて、色んな話をする内に思ったんだ。"手に入れたい"って』
店長さんが両手で顔を包み込んできた。
『今夜、俺の元にとどまって?今日、俺の女性になることは分かっているから。心配しないで、俺についてきたらいいんだ』
「で、でも…」
思わず視線を逸らす。
『俺だけを見て?』
「店長さ…『隼人』
人差し指を唇に押し当てられる。
『隼人って呼んで?葵さん』
「隼人さん…」
ゆっくりと唇が重なった。
『2人のための特別な夜だ…。くっついていたんだ、一晩中…。後悔なんて明日で良いからさ…』
それから、私の金曜日は変わった。
blue nightに向かい、店長さんオススメのカクテルを飲む。
そして、メモを渡される。"また時計台の下、0時に"待っている間に飲んだカクテルのカクテル言葉を調べる。
"エンジェルキッス:あなたに見惚れて"
"グランドスラム:2人だけの秘密"
"モーニンググローリーフィズ:あなたと明日を迎えたい"
どれも私を誘うものばかり。
そして0時になり店長さん、隼人さんは私をマンションへと誘い二人で朝を迎える。
恋人なのか…?
そう問われれば、間違いなく言えるのは"No"である。
だって、こんなのこんなの…。
👩🏻🦰【セフレじゃん】
「えっ?」
👱🏻♀️【やっぱり?】
お昼休みに仲の良い友達、サヨンとミナと三人でランチ。
サヨンが放った"セフレ"というキーワードが胸にグサッときた。
👩🏻🦰【会う度にやってるんでしょ?】
👱🏻♀️【うん】
👩🏻🦰【やらない選択肢はないんでしょ?】
👱🏻♀️【うん】
👩🏻🦰【それはどっからどう考えてもセフレ!!】
👱🏻♀️【だよね〜。せっかくアプリで知り合って良い人だと思ってたんだけどさ〜】
内容は友達のミナの恋愛相談。
サヨンとミナの話がグサグサと刺さる。
👩🏻🦰【アプリなんてダメよ!!ヤリモクばっかりなんだから!!葵もそう思うでしょ?】
「そ、そうだね…」
👱🏻♀️【二人はどうなの?恋愛とか】
👩🏻🦰【私はもうないね!!人生には必要ないと判断した!!】
サヨン、前に付き合ってた彼氏にこっぴどく振られたもんね。当分は恋愛お休みかな?
👱🏻♀️【○○は?前に"素敵なバー"見つけたって言ってたじゃない。店長さんイケメンなんでしょ?】
「うん。格好良いね」
👱🏻♀️【その人と付き合ったりとかして…。キャーッ!!】
その場で足をバタバタさせるミナ。
👩🏻🦰【ダメよ、バーテンダーなんて。チャラそう】
言えない…。
その店長さんと金曜日の夜を共にしてるなんてこと、言えるわけがない。
👱🏻♀️【でも、分かんないよ?恋は突然始まることもあるんだから】
恋は突然始まるか…。
じゃあ、私と店長さんの関係って何?
他のお客さんにも同じようなことしてるの?
「(そんなの嫌だ…)」
なぜか分からないけど、心がモヤモヤした。
私だけであって欲しいと願った。
この気持ちって一体何…?
金曜日になった。
会社が終わって、いつもならblue nightにすぐに向かうのに今日は足が重たい。
「(店長さんに会いたいような、会いたくないような…)」
それでもやっぱり向かってしまうのは、会いたい気持ちが強いから?
いつものように扉を開けるけど、いつもより重く感じるのは気のせいかな?
店長さんは接客中だった。
金髪のロングヘア、短い丈のワンピース、高いハイヒール。
どこからどう見てもバーにいるのが絵になる女性が店長さんの前に座っていた。
手元には白い紙。
『シェリーです』
透き通る声が耳に届いた。
私はその場から走って逃げ去った。
『葵さん…!?』
店長さんが呼び止めるのも気にせずに走った。
いつの間にか降ってきた雨も気にせずに走った。
身体がどんどん濡れていくのも気にせずに走った。
隼人さんが私の手首を掴むまで。
『待って!!』
「……」
『……』
二人の間に沈黙が流れる。
『どうして、逃げるの…?俺、なんか嫌なことしちゃった…?』
「シェリー…」
『えっ?』
「さっきの女性にもシェリー出して、メモ渡したんですよね…。私みたいな人、他にもいるんですか…?」
『さっきの女性…?メモ…?なんのこと…?』
「とぼけないで!!」掴まれていた手を大きく振りほどく。
「私みたいな人、たくさんいるくせに…」
『……。いないよ』
隼人さんの声が雨に溶ける。
『昔、一度だけ、お店に通ってくれてた女性とそういう関係になったことがあった』
「……」
『最初は楽しかった。気楽な関係で。でも、相手に気持ちを向けられた時、怖くなって逃げたんだ。俺、ヒトの想いをちゃんと受け止めるのが怖かった』
隼人さんの目は、まっすぐで、少しだけ濡れていた。
『でも、葵さんが来るようになって変わったんだ。カクテルを作るのが、楽しみになった。だけど、同時にカクテルに言葉を込めるのが怖くなった。シェリーを出した夜、本当は怖くて堪らなかったんだよ。"拒絶されたらどうしよう"って。でも、それでも渡した。俺の多分初めての本気の告白だった』
隼人さんの手が、私の手をそっと包む。
『だからさっき、君が店から逃げた時は本当に終わったと思った。自業自得だけど、泣けるくらい悔しくて、切なくて、情けなかった』
その顔は、いつも見ていた店長の顔じゃなかった。
男性の恋をして傷ついた顔だった。
「ごめんなさい…。私…」
『向き合うの、俺も怖かったんだ。葵さんが俺のことを好きでいてくれるなら…。今度こそ、逃げない。ちゃんと向き合いたい』
「うん…」
隼人さんの胸に抱き寄せられながら、私は心の中で思った。
「(この人のカクテル言葉、信じて良かった…)」
隼人さんが手を引いて歩き出す。
『さぁ、戻ろう。タオルと温かい飲み物を出すね』
「ありがとうございます」
これがカクテルから始まった私の恋。
いかかでしたか?
このようなお話を執筆いたします!
ご希望の方はこちらまでご相談ください!