キャリアの受け止め方|「喜怒哀楽」ではなく、「喜恕哀楽」という生き方

キャリアの受け止め方|「喜怒哀楽」ではなく、「喜恕哀楽」という生き方

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おはようございます。2級キャリアコンサルティング技能士|合同会社たお代表の工藤でございます。今日のテーマは、「喜怒哀楽」ではなく、「喜恕哀楽」という生き方

「喜怒哀楽」という言葉があります。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。人の感情を表す、よく知られた四字熟語です。私は、この中の「怒」という文字を、少し違う漢字に置き換えて過ごしています。「喜恕哀楽」。怒りの「怒」ではなく、「恕」という文字です。

きっかけは、一軒のカフェとの出会い

この言葉を意識するようになったきっかけは、春日部にある「山ノ月カフェ恕じょ(思いやり)」という名前のカフェとの出会いでした。長らく割烹を営んでいらっしゃった方が、ご子息に店を受け継がれたあと、その目の前に創られたカフェです。その名前を見たとき、ふと気づきました。「怒」と「恕」、漢字の形がどこか似ている、と。どちらも「女」と「心」を含んでいますが、「怒」は「女」に「又」が添えられた「奴」に「心」、「恕」は「女」に「口」が添えられた「如」に「心」。同じ「女」と「心」を基礎にしながら、右側が「又」か「口」かで、まったく違う感情を表す漢字になっています。この気づきから、「もし自分の感情を、"怒"から"恕"に変えてみたら、どんな人生になるのだろう」と考えるようになりました。

「恕」とは、どんな漢字か

「恕」は、儒教における大切な概念の一つです。論語には、「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」という言葉があります。自分がされたくないことは、相手にもしない。相手の立場に立って考える、思いやりの心を表す言葉です。
「怒」が、自分の内側から湧き上がる感情をそのまま表すのに対して、「恕」は、そこに一呼吸置いて、相手の立場を思いやる視点を加えた感情だと、私は捉えています。

実際に変換してみると、生き心地がいい

理屈だけでなく、実際に自分の感情を「怒」から「恕」に変換することを意識してみると、驚くほど生き心地が良くなりました。ここで大切なのは、「抑える」のではなく「手放す」という感覚だということです。怒りを我慢して抑え込むと、感情自体は消えないまま、体や心のどこかに蓄積されていきます。怒りを我慢し続けることが、高血圧や心身の不調につながるという指摘もあるほどです。怒っている本人の身体にも、静かに負担がかかり続けているのだと思います。一方、「手放す」は、抑え込むこととは違います。物事を、いちいち真に受けない。「まあ、そういうこともあるか」と、執着せずに流していく感覚です。目の前の出来事に対して「こうあるべきだ」という思い込みを少し緩めるだけで、心に残る重さがまったく違ってきます。なんとなく憤りを感じる場面に出会ったとき、その怒りや憤りをため込むのでも、押し殺すのでもなく、「相手にも、何か事情があったのかもしれない」と、一度手放してみる。そうすると、怒りに支配される時間が減り、自分自身の心が守られている感覚があります。

キャリアの現場でも、「恕」は活きている

この「恕」の精神は、キャリアコンサルタントとしての仕事にも、そのまま活きています。ご相談者のお話を伺う中で、時には「なぜそんな選択をしたのだろう」と感じる場面もあります。けれど、そこで裁くのではなく、その方なりの事情や背景に思いを馳せる。理解しようとする姿勢そのものが、「恕」の実践なのだと思います。「確かに、そんなときもあるよね」と。

おわりに

「怒」と「恕」は、漢字の形こそ似ていますが、そこから生まれる景色はまったく違います。もし今、何かに腹を立てている自分がいるなら、その感情を少しだけ「恕」に変換してみる。そんな小さな試みから、生き心地の良さが変わってくるかもしれません。今日、もしかしたら感じるかもしれない憤る出来事に出会ったとしたら、その場面や出来事を、ひとつ真に受けずに、手放してみる、受け流してみる、という日を過ごされてみてはいかがでしょう。

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