これまで、何度も「足るを知る」という言葉を使ってきました。
でも、この言葉が、そもそもどこから来たものなのか、ご存じでしょうか。
正解は、「老子の言葉」
「足るを知る」は、中国の古典『老子』第33章に記された言葉です。
原文では、こう記されています。
知足者富(足るを知る者は富む)
さらも、この言葉には、続きがあります。
「人を知る者は智、自ら知る者は明。自ら勝つ者は強し。」
他人を理解することは、普通の知恵です。
でも、自分自身を理解することは、それ以上の力が要る、というのです。
そして、他者に勝つことよりも、自分自身に勝つことの方が、本当の強さなのだと、老子は説いています。
「富む」とは、何のことだったのか
ここで、私が気になったのは、「富む」という言葉の使われ方です。
老子が言う「富む」は、財産の多さではありません。
満足することを知っている人は、たとえ暮らしが質素でも、心は豊かである、という意味です。
つまり、「足るを知る」という言葉は、最初から、外側の豊かさではなく、内側の豊かさについて語っていた言葉だったのです。
仏教の教えにも、同じ言葉がある
「足るを知る」は、仏教の経典にも登場します。
お釈迦様の最後の教えをまとめた『仏遺教経』には、こう記されています。
「知足の人は、貧しといえども富めり。不知足の者は、富むといえども貧し。」
満足することを知っている人は、貧しくても心は豊かである。
満足することを知らない人は、どれだけ富んでいても、心は貧しいままである。
老子の教えと、驚くほど同じことを、仏教もまた説いていたのです。
京都の龍安寺には、「吾唯足知(われ、ただ足るを知る)」と刻まれた、有名なつくばいがあります。
この言葉が、時代を超えて、多くの人の心に残ってきたことが伝わってきます。
内側の満足を、どう保つか
こうして語源をたどってみると、これまで私が繰り返しお伝えしてきたことは、実は、この古い言葉の延長線上にあったのだと、
段取りを重ねること。
事業の規模を、無理なく整えること。
役割を、満遍なく掛け合わせていくこと。
すべて、根っこにあったのは、「外側をどれだけ増やすか」ではなく、「内側の満足を、どう保つか」という視点だったのだと思います。
子育てが一段落した先にある、人生の後半戦
特に、お子様が独立し、これからの人生をあらためて見つめ直そうとされている世代の方にとって、この言葉は、より深く響くのではないかと思っています。
これまでは、子どものために、家族のために、外側の何かを積み上げることに、力を注いでこられたかもしれません。
でも、これから先の人生は、自分自身の内側の満足に、少しずつ目を向けていく時間になっていくのだと思います。
同時に、この年代は、親の介護を意識し始める時期でもあります。
自分の定年後、60歳以降のキャリアについても、考え始める時期です。
子どものこと、親のこと、そして自分自身のこれから。
一度に、いくつもの役割と向き合わなければならない時期だからこそ、「何を増やすか」ではなく、「今あるものに、どう満足していくか」という視点が、これまで以上に大切になってくるのだと思います。
新しい資格に挑戦する。
長年温めてきた興味を、あらためて追いかけてみる。
何かを増やすためではなく、自分自身が満たされているかどうかを、確かめるための時間です。
古い言葉を、今の自分に引き寄せてみる
2500年以上前に語られた言葉が、今もこうして、我々の中に息づいている。
そのことが、なんだか不思議で、そして、少し嬉しく感じています。
「足るを知る」は、決して、向上心を否定する言葉ではありません。
老子自身も、「努めて行う者は志有り」、つまり、努力する者にこそ、志は宿ると続けています。
満足することを知りながら、それでも歩みを止めない。
その両方をこれからも持ち続けていたいと、私は思っています。