無理して学校へ行かなくても良いと謳うから不登校児が増える

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 望まずとも不登校になってしまった子どもを持つ親は、それはそれで大変です。
 それ以前に「子育て」は大変なものであります。
 子供が成長するにつれ、その時、その節目の困難や課題、問題があることでしょう。
 そのひとつに、「不登校」は、今、日本の教育現場において、あるいは子どもがいる世帯に於いては最も喫緊の課題のひとつと言えるでしょう。
 昨今は「無理して学校に行かなくても良い」という風潮になったため、「学校に行きたくない」と言い出せば、無理して学校へ行かなくても良いという時代になりました。
 しかし、そうは言っても「学校に行かなければ学習はどう進めれば良いのか分からない」、「どこかに通わせないといけない」などの問題が出てきます。
 不登校児童が通える場所として、「適応教室」というクラスが設けられていますが、そこに増え続ける不登校児を通わせるにも、結局のところ最終的には学校へ登校することと同じ状態になります。
 同じ境遇の不登校児の集まりの教室やクラスなら通えるようになるのであれば、それでも良いのではないかと思いますが、不登校児童に対応できる教員が不足していることも事実であり、場合によっては適応教室を増やしたくても増やせない現実もあります。
 このような状況なると、親たちは学校に不満を訴えてきます。
 しかし、不登校児が増え続けるばかりで個別対応ができる教員が圧倒的に少ない状況では、保護者達が求めるような手厚い対応はできません。
 そうなると、保護者に対し最終的には自分の子どもへの対応の責任を負ってもらう必要があります。
 しかし、それは然りでもあります。なぜならば自分の子どもなのですから、保護責任者という法的義務が課されている訳ですから、産んだ以上はその責任は保護者が負うべきです。
 昨今の親は自分の子どもの監護に対し、その責任を外部のせいにする傾向が強まってきています。
 なぜか?
 教育にはお金がかかり、共働きでなければ家庭が回らない状態にあるからです。
 しかし、教育にはそんなにお金がかかるのでしょうか?本当にお金がかかるのは、子どもが大きくなって、大学などへ進学する際に膨大な学費がかかるのではないかと思うのです。
 そんなに幼少期の頃からどれだけのお金がかかるのでしょうか。
 第三者である私の目から見たら、ただお金がかかるのではなく、「お金をかけているから、結局お金がかかる」のだと思います。
 だいたい幼児~小学生にスマホなど買い与える必要性があるのでしょうか?結局は遊び道具(ゲームなど)になっているのだと思いますが、その端末費用は10万以上のものもあるようです。
 また、幼少期から高額な塾などに通わせる必要はあるのでしょうか?普通に公立学校で勉強していても、立派な社会人になれます。
 習い事も親ができる範囲内のことをさせれば良いのです。子どもがやりたいことでも、あまりにも高額なら「ウチはそこまで支払えない」と家庭のお財布事情を説明するよりやむを得ないでしょう。
 その家庭ごとのやり方やルールなどがあるはずです。
 子ども小さいうちからステーキや焼き肉などの高級な外食をさせる必要があるでしょうか?
 けっこう贅沢している家庭は贅沢しているようです。
 体験格差がどうのと言ったところで、他家庭と比較をするから不幸が始まるのです。
 無理して学校へ行かなくても良いと言うのであれば、その後をどうするかきちんと対策を考えた上で言えることでしょう。
 虐められて学校へ行けないなら、虐めた児童への対応をどうするか、親として子どもを守るための策を考え、集団生活が苦手なら、どのような環境であれば良いのかを確認し、使える社会資源などを調べる等、考えられる手立てはたくさんあるはずです。
 それをしないで、子どもが不登校になったことを学校のせいにしたり、外部のせいにするのはおかしなことだと思います。
 学校へ行かなくて良いのは、本当にそれで良いのか、子どもにもしっかりと考える機会を与え、そして親も一緒に考える必要があります。

 「仕事が忙しいから」「学校の対応が悪い」等、外部のせいにする前に、親が自分自身が保護者としてしっかりと子どもを守っているかも併せて考える必要があるのではないでしょうか。

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