携挙は、いつ来るか?についての見解

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まず携挙とは何かというと、神様(あるいは天使)が地上の正しいキリスト教徒たちを天にお迎えすること、なんですが、このお迎えってのは、普通に死ぬことではありません。魂の天国行きが確定する決定的な事象です。
そして同時に、魂の地獄行きも確定する同時発生的な事象となります、つまり地上においては、改心するかしないか、神に従うか従わないかを決めるタイムリミットが過ぎてしまうことを意味しています。
そしてこの携挙がいつ起きるかについては、患難時代前説、患難時代後説、患難時代最中説とに分かれているそうなんですが、私としては、別に深読みとかせずに普通に聖書を読んでいたら、患難時代最中説しかないと思うんですが、なぜこんなに説が分かれるのかよくわかりません・・。
私の持ってる日本聖書協会発行の新共同訳聖書ヨハネの黙示録14章1.14のところに書いてあります、天使が神様に対して、「鎌を入れて刈り取ってください、刈り入れの時が来ました」と言ってるんですよ。これは魂の刈り入れって意味です、イエスのたとえ話の中にもありましたよね、良い麦と悪い麦を育てて、刈り入れの時が来たら良い麦は刈り入れ蔵に入れよ、悪い麦はまとめて燃やせと。つまりこの時が最終ジャッジの時ですよね。だから患難時代最中説になりますが、7つのラッパ、7つの封印、の後ですよね。
最後の人類史上最大の地獄イベントである7つの鉢が来る前の段階でのジャッジとなります。なので、これ以降は改心しようがしまいが地獄行きは覆らないと思われます
また、ダニエル書においても、世界統一政府が樹立されたのちに、荒らす憎むべき者である反キリストが鎮座して悪政の限りを尽くすわけですが、この時、全ての人間に「獣の刻印」を受けさせようとするんですね。そして自分の像を拝ませようともする。で、たぶん獣の像って、昔の銅像とかと違って、ホログラムかなんかだと思うんですよ、それにAIスピーカーとの合わせ技で物を言うこともできるようになる。で、そんなのが街中のいたるところに設置されるんじゃないですかね。で、もちろん私はそれを拝まないし、刻印も受けない。そこは妥協することは許されません。で、一応、拝まないものは殺されるとは書かれているんですが、全員が一人残らず殺されるのか、逃れる術も少しはあるのか、それはわかりません。捕らわれるべき者は捕らわれ、殺されるべき者は殺されると書かれてあります。しかし獣の刻印は拒否せざるを得ないのです、地獄行きが決定しちゃいますからね。で、ここで死ぬのか、あるいは逃げ延びることができるのかはわからないけど、逃げ延びれたとしても、とりあえず売ることも買うこともできない生活が待っているのは間違いないですね。そして鉢の裁きが来る直前で、携挙が来ると。ダニエル書によると、反キリストの悪政が始まって1335日後に至る者は幸いであると書かれているので、まず、1290日経過して、反キリストが正体を現します、その後45日間、耐えれば携挙されるかもしれません。一応、携挙について書き記されている部分は、ルカ福音書17章にもあります。その時、同じ寝台で男がふたり寝ていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。女がふたりいっしょに臼をひいていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。
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