一文無しからお金持ちになった人っているの?
前回は「元手100ドルから90日以内に100万ドルのビジネスを作り上げる」というチャレンジをした米国大手貸付会社の創業者であるビリオネア=グレン・スターンズの話をとりあげました。
手元にあるのは100ドルとスマホ一台(ビリオネアとして活動できないように、連絡先は空っぽ)のみ。
トラックで寝泊まりし、ホームレス同然の状況から、グレンはビジネスを立ち上げていきます。
その気概は本当に刺激的ですし、グレンが実際にいかにビジネスを構築していくかは示唆に富みます。
ところで、ホームレスから億万長者になったという例は、実際にあるのでしょうか?
有名なところでは、ケンタッキー・フライド・チキンの創業者であるカーネル・サンダース(本名はハーランド・デーヴィッド・サンダース。以下サンダース)の例があります。
40種以上の職業を転々としたカーネル・サンダース
サンダースおじさんは、6歳の時に父親を亡くし、母親が工場で働きながらサンダースら子供たちを育てたそうです。
サンダース自身、10歳から農場で働き始めたそうです。
そして、青年期は40種以上にも及ぶ職業を転々とし、30代後半でケンタッキー州でガソリンスタンド経営に着手。
しかし、大恐慌のあおりで倒産の憂き目に。
その後、ケンタッキー州の別の場所で再びガソリンスタンド経営に乗り出し、客の一人の提案を受けて、ガソリンスタンドの一角の物置小屋を利用して「サンダース・カフェ」を始め、サンダースが一人で切り盛りしたそうです。
そのカフェの名物が「フライドチキン」だったそうなのです。
母親が働き詰めだったため、6歳だったサンダースは弟や妹の面倒を見、母親から教わって食事作りもしていました。
ある時焼いたパンが上出来だったため母親が働く工場まで持って行くと、工員を含めて人々が大絶賛してくれ、そこから料理で人を喜ばすことの喜びが芽生えたようです。
サンダーズ・カフェのフライドチキンも、サンダースにとっては、お母さんが作って教えてくれた「母の味」そのものだったようです。
65歳で無一文に~ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の誕生
サンダースのガソリンスタンドは、何事にも一生懸命だった彼らしく、ホスピタリティに溢れたものだったようです。
ガソリンを入れるだけでなく、車の窓を拭く、タイヤの空気圧をチェックする、パンクの無料修理などなど・・・。
ホスピタリティ溢れるガソリンスタンドとともに美味しい料理が振舞われるカフェも評判を呼び、ついにはカフェ一本に絞って経営することになります。
しかし・・・サンダースが65歳の時、カフェの客足が遠のき始めてしまいます。
その地域に高速道路が通り、サンダース・カフェがある国道から車がそちらへ流れてしまったからです。
結果、65歳にして店を畳み、全財産を失うことに。
何もかも失ったサンダースに残されたもの。
それは、あの「母の味」フライドチキンのレシピのみでした。
そのレシピを売ることで、サンダースはフランチャイズ事業に成功を収めます。
これらの経歴には諸説あるようですが、何度も人生のピンチを経験し(3度の破産を経験しているそうです)、その末に不動の成功を掴んだということは間違いないようですね。
サンダースおじさんの場合も、スターンズと同じく、たぐいまれな行動力と「あきらめない心」の勝利といえるのかもしれないですね!