「教育史点描~最後に残るのは「教育」である~⑫」

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(6)世界の「教育」を比較してみるとオモシロイ

②「中等教育」に各国の特色が現れる

イギリスのパブリック・スクール(私立)とグラマー・スクール(公立)~イギリスのエリートの60%はパブリック・スクール出身です。

「ウォータールーの勝利はイートンの校庭で得られた。」
(ナポレオンの軍隊を破ったウェリントン)

現代イギリスの教育制度~バトラー法(1941年)→ベイカー法(1988年)

イギリスの公立学校の中等教育~
グラマー・スクール~大学進学。
テクニカル・スクール~技術系大学進学。
モダン・スクール~就職・継続教育機関、義務教育5~16歳
→コンプリヘンシブ・スクール~3種の中等学校を統合した総合制中等学校。

イギリスの中等教育修了資格試験(GCSE=General Certificate Secondary Education)~中等学校在学中の14~16歳時、「Oレベル」=Ordinary Level
→「Aレベル」=Advanced Level~科目数は300にも及び、その評価は一生つきまといます。
「ASレベル」=Advanced Subsidiary Level、Aレベルの半分の教授・学習時間で習得されます(18歳)。
→「大学」~オックスフォード、ケンブリッジなどの超一流大学、ロンドン、バーミンガム、ブリストル、リバプール、マンチェスターなどの近代的大学、キール、エセックス、サセックスなどの新大学の3つにグループ分けされます。

フランスのリセ(国立)とコレージュ(公立)~ドイツのギムナジウムと同じく、「古典語」(ラテン語、ギリシャ語)と「宗教」を主な教育内容としていました。1829年より「文科コース」(古典語中心の正規コース)に対して、「理科コース(特別課程)」(近代語、科学、工業、商業、製図などを主とする実業課程)が設置されました。

現代フランスの教育制度~ランジュバン・ワロン教育改革案(1947年)→ベルトワン改革(1959年)→アビ改革(1975年)→教育基本法(1989年)

フランスの基礎課程~小学校5年。校長にアポイントメントを取らない限り、父母は小学校の中には入れません。ヨーロッパの小学校は「良き市民、良き国民」を養成することを第一の目的とし、小学校では国民教育としての「しつけ」を担当するので、勝手に干渉することはできません。
→「コレージュ」~前期中等教育=観察・指導課程4年。
→「リセ」~後期中等教育3年、中等教育以上の場では「知識伝達」「学問伝授」が目的となり、「国民教育」の場とは見なされません。

バカロレア試験~後期中等教育終了証+大学入学資格、合格すれば希望する大学へ原則的に入学できます。
→「大学」、「グランゼコール」~高等専門学校=高等師範学校(中等学校教員養成)、国立工学院、国立工芸技師学校など)、「師範学校」(小学校教員養成)

ドイツのギムナジウム~「中等教育の典型」とされ、「古典の素養ある人こそ真に教養ある人である」という伝統的考えに沿って、「人文主義的カリキュラム」(ラテン語、ギリシャ語、宗教など)が支配的でした。

現代ドイツの教育制度~ラーメン・プラン(1959年)→シュトゥルクトゥール・プラン(1970年)

「グルントシューレ」(基礎学校4年)
→「ギムナジウム」(理論的才能に適し、将来の指導者層を養成します)、「レアルシューレ」(実科学校・中間学校、中級技術者を養成します)、「ハウプトシューレ」(国民学校高等科、基礎学校と合わせて「フォルクスシューレ」〔国民学校〕と呼ばれます。卒業後、するに実社会に出る者のための学校ですが、卒業後は定時制職業学校へ進みます)+「ゲザームトシューレ」(総合制学校)

「アビトゥア」(大学入学資格)→学術的大学(総合大学、工業大学、神学大学など)、教員養成大学、芸術大学、体育大学

現代アメリカの教育制度~ウッズホール会議(1959年、理数科のカリキュラムの改造)→教育サミット(1989年、数学・科学を2000年までに世界一の学力にすることを国家目標としました)

「どの教科でも知的性格をそのままに保って、発達のどの段階の子どもにも効果的に教えられる。」
(ブルーナー『教育の過程』)

多様な学校形態~「ホーム・スクール」「チャーター・スクール」「職業訓練学校」
「SAT」(大学進学適性テスト)、ACT(大学入学能力テスト)→大学(アイビーリーグ、トップ25大学、地方公立大学)→大学院(専門職大学院、ダブル・メジャー)

現代日本の教育制度~受験体制が「階層構成原理」(stratifying principle)となり、いわゆる「受験地獄」と無関係な「少年犯罪」は無いとされます。

「フィンランドでは、教育の無償と平等が強調される。人は、決して平等には生まれてこないし、平等は実現することのない理想かもしれない。しかし、だからこそ、国が平等で無償の教育を提供する。貧富、性別、宗教、年齢、居住地、民族、性的指向などの違いによって差別されることのない、等しい出発点を一人一人に保証する。そうした違いのために教育を受けられなかったり、断念したり、差別されたりする事がないよう、教育の平等を保障、一人ひとりの充足度を高めていくことが出発点である。
 フィンランドのもう一つの良さは、子どもの様々な権利が保障されていて、それが教育の出発点であることだ。フィンランド憲法第6条は、「子どもは個人として平等に扱われなければならない。また成長に応じて、本人に関する事柄について影響を及ぼすことができなければならない」としている。
 続いて、憲法第7条は「すべての人に生命権、個人の自由、不可侵、及び安全への権利がある」と規定する。「不可侵」は、日本では不可侵条約など国家に関連する事柄という印象があるのではないだろうか。しかし、フィンランドでは個人についても使われる言葉で、子どもも他者から侵されることのない権利を持つ。「安全への権利」は、物理的な安全の他、恐れや不安などからの自由も意味する。第7条は、さらに「法的根拠なく、恣意的に個人7の不可侵に介入してはならず、自由を剥奪してはならない」と規定している。 
 「個人の不可侵」を教育にひきつけて解釈すると、過度に干渉されたり、無理な指導に苦しめられたり、細かい校則や決まりに縛られることのない精神と身体も指すだろう。フィンランドで、子どもは国家によって一方的に教育され、指図を受ける存在ではなく、参加の権利も持つ。基本教育法第47条は、「教育を行う者は、すべての児童生徒が学校の活動と発展に参加でき、本人の地位に関する事柄に関して意見を表明できるよう配慮し、推進する。児童生徒には、教育計画及び、それに関する計画、学校の規則賛成に参加する機会を作らなければならない」としている。実際に、国の教育計画を更新するにあたっても、多数の子ども達の意見を聞いている。フィンランドの教育が目指すものは、子ども一人ひとりが自分を発展させ、自分らしく成長していくことである。
 それは、知識を習得したり、学力を高めたり、偏差値を上げたりすることではない。いかに学ぶかを学ぶこと、創造的、批判的思考を身につけ、自分自身の考えを持つこと、アクティブで良識ある市民として成長することである。そうした能力を持つ市民は、国家や権威を批判、抵抗することもあるだろう。しかし、さまざまな議論が行われる事が、民主主義を持続、必要な修正を行いながら発展させていく基盤になる。」
(岩竹美加子『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』)

「デンマークに住んでいて日本を思うと疑問に感じることがあります。それは、なぜ誰もが高校に進学しなくてはいけないのかということです。高校は高等教育を必要とする人が受ければいいと思うのです。
 日本の高校への進学の一般化は、「高校くらい卒業していなければ……」という考えが社会全体にあるからです。しかし、高校とは誰もが進学できる場所ではありません。そのことに誰も気がつかないのです。
 もしかしたら気づいているのかもしれませんが、高校を卒業しないと就職ができない。だから「高校くらいは出ておけ」になるのかもしれません。
 日常生活で必要な数学は、足し算、引き算、かけ算、割り算、パーセンテージくらいです。微分や積分、三角関数というものは、日常生活には不必要です。それらの数学を必要とする人は、測量士、エンジニア、建築士……、そういう職業になりたい人が学べばいいのです。
 デンマークでは高等学校へは、将来高等学校の教育を基盤にして、さらに上級学校へ進む人のみが進学します。上級学校、つまり大学へ進学する理由は、「将来自分がなりたい職業が大学を卒業しなければなれない」からです。
 将来の目的や希望を叶えるために高等学校、大学への道をたどるのです。
 一方、美容師になりたい、自動車の整備士になりたい、料理人になりたいという人は、国民学校(日本の小・中学校)を卒業後、自分がなりたい職業の専門教育を受けられる職業別専門学校へと進みます。そこでだいたい三年間の専門教育を受け、技術を身につけるのです。
 このような考え方をもとに、日本の教育のあり方を考えてみると、将来なりたい自分の姿にたどり着くには、ずいぶんと遠回りする人が多いように思います。
 たとえば、日本では子供が料理人になりたいという希望を抱いていても、「まずは高校を卒業してから」というのが普通です。本当は、料理にまつわる基礎、技術、歴史などの勉強をしたいのにもかかわらず、難しい数学や化学、物理までもを、先に学ばなくてはいけないのです。
 このような教育の仕方が、料理人になるにあたってどのような効果をもたらすのでしょうか。
 いままで常識だといわれているレールを外さないように、また外してしまったときの安全パイとして、「高卒」という資格を必要とするのではないでしょうか。
 そして、何よりも「これがいままでの常識だから」というフィルターで子供の進路を見てしまうがゆえに、日本国中の大部分の大人たちがよくも悪くも、青少年たちを自ら選択して人生を歩まないレールに乗せてしまっているのです。」
(千葉忠夫『格差と貧困のないデンマーク』)
【参考文献】
『アメリカ 最強のエリート教育』(釣島平三郎、講談社+α新書)
『教職のための教育史 西洋編』(溝口貞彦、東研出版)
『ことばを鍛えるイギリスの学校 国語教育で何ができるか』(山本麻子、岩波書店)
『パブリック・スクール 英国式受験とエリート』(竹内洋、講談社現代新書)
『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(岩竹美加子、新潮新書)
『格差と貧困のないデンマーク』(千葉忠夫、PHP新書)
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