歴史探究「パックス・モンゴリカ⑨」:「草原の軍事力」+「中国の経済力」+「ムスリムの商業力」

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③世界中にネットワークを張り巡らした「ムスリム商人の力量」
 元代にイスラーム・ネットワークがもたらした影響は大きく、元は南宋の拠点であった襄陽の攻略にあたり、イラン出身の技術者を招聘してマンジャニーク(中国名は「回回砲」)と呼ばれる西洋式の投石機を作ったり、イラン出身のジャマールッディーンにより暦法と天体観測器が持ち込まれ、1271年にそれを基とした「回回司天台」と呼ばれる天文台が作られています。運河の建設や水利工事も手がけていたクビライ側近の中国人学者郭守敬は、この観測結果を元に新しい暦「授時暦」を作り、この暦は明の滅亡まで使用され、江戸時代の「貞享暦」の元になっています。
 また、元代の陶磁器は中国史上最高と呼ばれる宋代の陶磁器を受け継いでいますが、青花と呼ばれる染付に使われているコバルト顔料は西方からの輸入品で、「回回青」と呼ばれており、東西交流の進んだ元代の特性をよく示しています。元代の青花は中国各地の元代遺跡の考古学調査で発掘される上、中国から海外に輸出される国際商品として使われていたと考えられ、遠くトルコ、イスタンブルのオスマン帝国の宮廷トプカプ宮殿や、イラン、アルダビールのサファヴィー朝の祖廟サフィー廟に大規模なコレクションがあります。この他にも西アジアには中国から絵画の技法が伝わって、細密画(ミニアチュール)が発達していきます。

「では、イスラーム世界がこのように繁栄し、広範に浸透した理由は何か。一つは、平等を基本精神とし、非ムスリムとも融合政策をとったこと、もう一つは、官僚機構と軍事力を整備し、中央集権的に行政を安定させたことである。
 後者の一環としての、経済・国家システムの一例を紹介しよう。すでに八世紀末のアッバース朝において、官僚と軍人に対し、毎月一定の貨幣による俸給が支払われていたのである。つまり月給システムだ。
 このことは、当時のアラビアで貨幣経済が十分に機能していたことを意味する。貨幣は前七世紀のリュディア(今日のトルコ半島)に最初に出現したという説が強い。また前五世紀には、すでにギリシア、ペルシア、インド、中国などで貨幣が使用されていた。だが、それは限られた一部で使用されていたにすぎない。紀元後八世紀になっても、アラビアを中心とするイスラーム社会以外では、どこでも貨幣ですべてをまかなうところまで経済が発達していなかったのである。繁栄を誇った八世紀の大唐帝国においても、例外ではない。アッバース朝を支えていた多数の軍人と官僚を、月給というシステムによって雇用していたことは、商業の隆盛による経済力の強化という背景もさることながら、それをシステマティックに管理する政府の財政政策ならびに行政能力が、当時の世界では格段に発達していたことを意味する。」(謝世輝『これでいいのか世界史教科書』)
「財務官僚の管理する国家予算の最大の支出項目は、軍人の給与に他ならなかった。アッバース朝とは、月給をもらう職業軍人よりなる常備軍を備えた国家なのである。貴族や封建騎士ではなく、官僚と常備軍にささえられた国家とは、近代のヨーロッパが理想とした国家であり、それは一九世紀になってやっと実現する。アッバース朝はそのような国家を八世紀には実現していたことになる。」(佐藤次高・鈴木董編『都市の文明・イスラーム』)
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