読んで得する『紫式部日記』に関連した文章

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①「ある人の夢に、これといった実体がないものであって、薄くぼんやりとした影のようなものが見えたのを、「あなたはどなたですか」と尋ねると、「紫式部です。偽りごとばかり多く作りなして、人の心を惑わせたがために、地獄に堕ちて責め苦を受けることはまことに耐え難いものです。源氏物語の(巻々の)名を詠み込んで、なむあみだ仏ととなえる歌を、巻ごとに人々に詠ませて、私の苦しみを慰め、安楽を願って下さい」と言ったので、「どのように詠んだらいいでしょう」と尋ねたところ、
 きりつぼに迷はん闇も晴るばかりなもあみだ仏と常にいはなん
(桐壺の巻を著したために地獄で迷う無明長夜〔むみょうちょうや〕の闇も晴れるように、南無阿弥陀仏と唱えてほしい)
と言ったのだった。」(藤原信実『今物語』~三十六歌仙絵を描いたとも言われる中世説話文学です)

②「羅子(らし、羅貫中〔らかんちゅう〕)は『水滸伝』(中国「四大奇書」の一つ、他に『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』があります)を撰述し、それによって子孫三代にわたって、言葉がしゃべれない子が生まれ、紫媛(しえん、紫式部)は『源氏物語』を著したためにひとたびは地獄に堕ちたが、思うにそれは彼らがありもせぬ空想を書いて世人を惑わせた報いを身に蒙(こうむ)ったにすぎない。そういう見方でその文章を見てみると、それぞれ共に不思議な情景が躍動し、言われざる所やよく言い得た所が絶妙の域に達していて、文勢があるいは低く這うように、あるいは高々と上りつめながら、流れゆく滑らかなこと、読む者の内心を琴の胴に開けられた穴のように共鳴させずにはおかないのだ。そこに描かれた事実を千年も後の我々に、あたかも鏡にかけて見るように眼前に見せてくれると言える。
 ところで、自分も偶然、この太平の世にふさわしい無駄話を持っていて、口から出放題に吐き出してみると、祭りの場で不吉にも雉(きじ)が鳴き出したり、野に竜が戦い合う悪い兆(しら)せのような奇怪なものとなった。自分から進んででたらめだと言う他はない。だから、これをつまみ読みする者も、当然のことながら信用するとは言うはずがないものである。したがって、自分は羅子や紫媛のように世人を惑わせ、子孫に口が裂け、鼻がかける報いを自ら求めてしまうようなことなどはあり得ないのだ。
 明和五年(一七六八)の晩春三月、雨は晴れながら、月は雨を含んでおぼろな夜、書斎の窓辺で編集して本屋に渡す。題して『雨月(うげつ)物語』と名づけた。」(上田秋成『雨月物語』~日本の『聊斎志異(りょうさいしい)』」と呼ばれる怪異小説です)
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