『伊勢物語』で古文の素養を豊かにする

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【例文】
 むかし、男、初冠(うひかうぶり)して、奈良の京春日(かすが)の里に、しるよしして、狩(かり)にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらからすみけり。この男かいまみてけり。思ほえず、ふる里にいとはしたなくてありければ、心地まどひにけり。男の、着たりける狩衣(かりぎぬ)の裾(すそ)をきりて、歌を書きてやる。その男、信夫摺(しのぶずり)の狩衣をなむ着たりける。
 春日野の若むらさきのすりごろもしのぶの乱れかぎりしられず
となむおひつきていひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。
 みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにしわれならなくに
といふ歌の心ばへなり。昔人(むかしびと)は、かくいちはやきみやびをなむしける。

【訳文】
 昔、ある男が、元服したばかりの頃、奈良の都の春日の里に、領地があった関係で、狩に出掛けて行った。その里に、たいそう上品で美しい姉妹が住んでいた。(それを)この男はちらと見てしまった。意外にも(こんな寂しい)旧都には全く不似合いな様子であったので、(男は)が動揺してしまった。(そこで男は)自分の着ていた狩衣の裾(すそ)を切って、歌を書いて贈った。その男は、しのぶ摺(ず)りの狩衣を着ていたのであった。
 春日野の若い紫草で染めたこの狩衣の忍草(しのぶぐさ)の模様が乱れている様に、(美しいあなた方をお見かけしてから)私の心は限りなく乱れていることです。
と、大人びた口調で詠んでやった。(男がこんなことをしたのは)その場にかなった面白さとでも思ったのであろうか。(一体、この歌は)
 陸奥(みちのく)のしのぶもぢ摺(ず)り(の乱れ模様)の様に、私の心が乱れ始めたのは、一体どなたのためでしょうか(ただあなた一人のためなのです)。
という古歌の心(をくんだの)である。昔の人はこのように臨機応変の風流をしたものである。

【解説】
 947年頃成立。在原業平(ありわらのなりひら)らしい「男」の一代記であることから、業平に縁(ゆかり)ある人によって原型が書かれたと見られています。百二十五段の長短様々な物語から成り、各段には必ず一首以上の和歌が入っていて、文が単なる歌の詞書(ことばがき、作歌事情の客観的解説)ではなく、歌が詠まれた深い情趣を丁寧に記すことで、文と歌が一つに融合している点で、「歌物語」と呼ばれます。この伝統は『大和物語』『平中(へいちゅう)物語』を経て『源氏物語』に結実し、さらに中世・近世の演劇・詩歌、谷崎潤一郎などの近代文学も含めて、後世に大きな影響を及ぼしています。
 では、著名な歌をいくつか見てみましょう。
「くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれかあぐべき」
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
「唐衣(からころも)きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」
「名にし負(お)はばいざ言(こと)問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」
「つひに行く道とはかねて聞きしかど昨日今日(きのふけふ)とは思はざりしを」(辞世の句)
 ちなみに世阿弥作と見られている謡曲『井筒(いづつ)』は、諸国をめぐる僧が大和の在原寺(ありわらでら)に参詣して、業平の妻であった紀有常の娘の霊魂と語り合い、彼女は亡夫業平を恋い慕って彼の愛用した冠と直衣(のうし)を着、思い出深い井筒のほとりで、舞を披露するというものですが、これは『伊勢物語』二十三段に出てくる「筒井筒」のエピソードが元になっています。そして、この段の挿入歌である「筒井つつの井筒のかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹(いも)見ざるまに」「くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずしてたれかあぐべき」の2つの歌から、樋口一葉の『たけくらべ』の題名が出てきたとされています。
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