■社会の再構築 : 「江戸」か? それとも 「中国」か?
〜安定というぬるま湯か、狂騒というジェットコースターか〜
■現代社会を「もうちょっとマシにしたいよね」という話になると、
だいたい登場するのが「教育」と「セーフティネット」。
これはもう鉄板メニューです。
ラーメンで言えばスープと麺。これがダメだと話にならない。
■「教育」を整えれば、人は賢くなり、変な方向に暴走しにくくなる。
「セーフティネット」があれば、「人生詰んだ…」とグレる前に踏みとどまれる。
つまり、どちらも“加害者予防ワクチン”のような役割を持っています。
■さらに、収入の底上げも重要です。
お財布に余裕があれば、人はだいたい穏やかになります。
→「金持ち喧嘩せず」
満腹のライオンがシマウマを追いかけないのと同じ理屈です。
■……ところが、ここで一筋縄ではいかない問題が顔を出します。
そう、「人間の欲望」です。
これがまた厄介で、「もう十分」と言った舌の根も乾かぬうちに
「やっぱり、もうちょっと!」と言い出す。
■まるでポテトチップスの袋。
気づけば底が見えている。人間とは、そんな生き物ですよね。
■この“無限おかわり自由の欲望”をコントロールしようとすると、
どうしても「管理」というテーマにぶつかります。
■ルールを決め、監視し、逸脱を抑える。
そうしないと、せっかく整えた社会が
またぐちゃぐちゃになってしまう。
■そしてここで、究極の二択が現れます。
①ひとつは「江戸モデル」。
身の丈に合った幸せを大切にし、大きな成長は求めず、
穏やかに暮らす社会です。
■言ってみれば「ぬるめのお風呂に長く浸かる」ような生き方。
派手さはないけれど、安心感は抜群!
「今日も平和だなぁ」とお茶をすすれる世界です。
===天下泰平===~~約260年~~
■ただし、刺激は少なめ。経済成長もゆるやかで、
「爆上がり!」みたいな夢はあまり期待できません。
良くも悪くも“落ち着きすぎている”のです。
②もうひとつは、現代の「中国モデル」。
こちらは一転して、競争と成長の渦の中で生きる社会。
多少の理不尽や矛盾も「燃料」として突っ込みながら、
とにかく前へ進む。
■いわば「常に全力疾走のランニングマシン」に乗っている状態です。
監視も強く、自由はやや制限されがちですが、
その分スピード感は抜群‼
■「気づいたら景色が変わっていた!」というダイナミズムがあります。
ただし、乗りこなせないと振り落とされるリスクも高い。
■ジェットコースター好きにはたまらないけど、
高所恐怖症にはちょっとキツい、そんな世界です。
■さて、問題はここからです。
私たちはこの二つの間で、日々揺れ動いています。
① 「自由は少なくてもいいから安心したい」
のか?
② 「多少しんどくても上を目指したい」
のか?
■まるで「定時で帰るか? 残業してでも出世するか?」という、
どこかで聞いたことのある選択にも似ています。
どちらが正しいという答えはなく、
人によって、そして時代によっても変わるでしょう。
■結局のところ、私たちはいつも
壮大な社会実験の真っ只中にいます。
■しかも参加は任意ではなく、強制参加型。観客席はありません。
だからこそ重要なのは、「どちらが正しいか?」を決めつけることではなく、
「自分はどのバランスで生きたいのか?」を考え続ける事なのかもしれません。
■ぬるま湯でのんびりいくのか?
■ジェットコースターで叫ぶのか?
■理想を言えば、
~「ぬるま湯に入りながら、たまにジェットコースターにも乗れる社会」~
ですが……まあ、それができたら苦労はしませんよね。
➡さあ、あなたは、どちらのチケットを握りますか?