✖ “ 車の自動運転は実現しない!”

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コラム
✖ “ 車の自動運転は実現しない!”

…と、いきなり強めのタイトルを付けてしまいましたが、
私は、別に未来の技術を全否定したいわけではありません。

■むしろその逆。

・ワクワクしているからこそ、
あえて“みんなで一緒に考えたい問題”として
投げかけたいのです。

★テーマは【自動運転とトロッコ問題】。

■あなたは最先端AIを搭載した自動運転車に
一人で乗っています。
ハンドルもブレーキも、全部コンピュータ任せ。
コーヒーを飲みながら「人類はついにここまで来たか…」
なんて余裕の気分です。

■ところが突然!!!  (*_*)ブレーキが故障。
・「ととと、止まれない。完全に止まれない!」
人生で一番止まってほしい瞬間に限って止まらない。
これぞ機械あるあるです。

■前方には分かれ道。
・右に行けば歩行者が3人。
・左に行けば歩行者が2人。

→さあAIは、どちらを選ぶべきでしょうか?

■「人数が少ない方だろう!」
多くの人は直感的にそう思うでしょう。
・被害を最小限にする。

■合理的で、冷静で、数学的には正しい。
でも、ここで一つ引っかかりませんか?
“2人なら犠牲にしていいのか?”

■この瞬間、
問題は単なる計算から、哲学のど真ん中へと突入します。

■実は、これは有名な「トロッコ問題」の自動運転バージョンです。

・人間が電車のレバーを引く代わりに、
AIがハンドルを切る世界です。
■おおっーと!さらに、ここで第三の選択肢が現れます!

◇「自分が壁に突っ込んで自爆する。」

■運転者である、自分一人が、犠牲になれば、
歩行者は全員助かる!!!

■数字上は最小の犠牲。
・ヒーロー的で、映画なら感動のクライマックスです。
・「でもちょっと待ってください。」
その判断を“誰が”するのか?

■自分がハンドルを握っているなら、
「よし、行くぞ!」と覚悟も決まります。

・しかし、自動運転車です。 【判断するのはAI】
つまりAIが「この人はここで死ぬべきだ」と
結論を出すわけです。
……なかなかにホラーですよね。

■保険の約款に
「緊急時には、あなたが最適解として
犠牲になる場合があります」なんて書いてあったら、
私なら、その車、『即 リセール行き!』 です(笑)

■ここで見えてくるのは、
自動運転が抱える最大の壁は、
“技術”ではなく“倫理”だということです。

■センサーの精度とか、AIの計算速度とか、
道路インフラとか、そういう話ではありません。

■「誰を、どんな基準で、どう守るのか」
・この一点に、全人類の価値観が集約されてしまうのです。

■若者か高齢者か?
■歩行者か乗員か?
■知り合いか赤の他人か?
■人数か、責任か、偶然か?

■AIは冷酷なほど正確に答えを出せます。
でもその“正解”を決めるのは人間です!

・つまり、
AIは人類の” 倫理観 “ を、そのまま鏡のように
映す存在になります。
=ここが恐ろしくもあり、面白くもあるところ。=

■「自動運転は安全です!」
その一言の裏には、
「どんな場合に、誰が犠牲になるかを、もう決めています」
という意味が含まれてしまうのです。

■私は、ここで声を大にして言いたい。
自動運転を否定したいのではありません。
・むしろ、
この問題さえ真正面から議論できれば、
自動運転は本当に“完成”すると思っています。

■今はまだ、
・「事故は減ります」
・「渋滞が減ります」
・「高齢者も安心です」
と、便利さと効率ばかりが語られています。

■でも、
その裏側にある、
「究極の選択を誰にさせるのか?」という問いを
避けたままでは、どこか薄氷の上を走っている
気がしてなりません。

■結局、自動運転のゴールは
☑「完璧なAIを作ること」ではなく、
☑「自分たちがどんな世界を良しとするかを決める事」
なのかもしれません。

■「右か?」、「左か?」、「自爆か?」。
この三択は、実は「人間とは何か?」
を問われている問題でもあるのです。

■さあ、みなさんならどうしますか?
答えが一つに決まらなくていい。
むしろ決まらないからこそ、この話題は面白い。

・コーヒー片手にでも、ビール片手にでも、
一緒に考えてみませんか?

■自動運転は、
ハンドルをAIに預ける技術ではなく、
“覚悟”を人類が持てるかどうかの
試験問題なのかもしれませんネ(^_-)-☆

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