なぜ駐在員の不満はなくならないのか
プロローグ 20代後半
「次の駐在はお前に決まってるよ」― ニューヨーク出張で突然言われた一言
「次の駐在はお前に決まっているよ。」
そう言われたのは、初めてのニューヨーク出張、ランチの席だった。
私はまだ20代後半だった。
初めてのニューヨーク、出張先でのランチの席だった。
その日、私は出張先の現法社長である先輩社員と食事をしていた。
その先輩は海外拠点の立ち上げに関わっていた人物で、社内でも海外経験が豊富なことで知られていた。
食事も終盤に差しかかったころ、先輩はグラスを置きながら、何気ない口調でこう言った。
「次の駐在はお前に決まってるよ。」
突然の言葉だった。
海外で働くことに興味がなかったわけではない。海外で働くことにどこか憧れのようなものもあった。
しかしそのときの私は、家庭の事情を抱えていた。
家族の健康問題があり、また私自身の結婚も直前に迫っていて、生活そのものが落ち着いていなかった。
私は初対面の先輩にどこまで話して良いものか悩み、結局どっちつかずの反応しかできなかった。
先輩は期待していた反応が見られなかったのか少し表情を変え、「駐在したくないんだな」と迫った。「そういうわけではありません」と言うのが精一杯だった。
その場の会話はそれで終わった。
そして私は、その出来事もまた、それで終わったものだと思っていた。
出張から戻ると、上司に呼ばれた。「駐在の内示をいきなり断ったんだってな」。先輩がとても怒って役員に連絡してきたらしいという話を聞いた。言いたいことは山ほどあったが、私には駐在の内示を断ったというレッテルが貼られた。
その後、中途で入社してきた同年代の何人もが海外へ派遣されていったが、私には声がかからなかった。
しかし、それから20年後。
私は再び海外駐在の話を受けることになる。
しかも、その打診をしてきたのは、あのときの先輩だった。
ただし、そのとき彼は部門の事業部長になっていた。
あのときの出来事は、長い間、私の中でただの昔話のように思えていた。
しかしその後、海外駐在をめぐるさまざまな経験を重ねる中で、私は気づくことになる。
海外駐在のストーリーは、人によって驚くほど違う。
それでも、多くの人の経験の中には、ある共通した構造が存在している。
では、なぜ駐在員の不満はなくならないのだろうか。
このシリーズでは、海外駐在の現場で起きている出来事を、実際のエピソードとともに少しずつ紐解いていきたい。
みなさんの海外駐在の始まりは、どんな一言でしたか。