YouTubeで初めてワラビ採り殺人事件の現場を見た印象
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コラム
まず明石英子さんと水野恵子さんは寂照院に自転車を停めていますが当時は1979年ですから。1970年生まれの私は違和感を覚えませんでした。あの頃は歩くのが当たり前でしたから。【あそこに置いて歩くの?】と思った方はきっと若い世代です。でも竹林が覆う野山エリアは私のイメージと違い、うちの実家の裏山みたいな感じだと思っていました。では明石さんたちが【ありもしないワラビを採りに行くか?】というとそれはないと断言できます。理由はまず【ワラビは採るのが楽しいから】。次に当時の野山エリアは治安が悪くて日中でも痴漢やレイプが起きる不穏な場所でもありました。水野さんは地元の人で野山エリアに来るのは初めてですが、明石さんは8度目。1979年の通算で事件当日が8度目。明石さんは地元の人ではなく43歳で子供がいないことから再婚だと思います。なので不穏な場所という認識が浅く、野山エリアへの温度差がこの回数に如実に表れています。水野さんには子供が3人いたから多忙だったろうし、どこまで野山エリアに行きたかったかは不明です。水野さんはホントは野山エリアに行きたくなかったのかもしれません。でもイズミヤで同じ職場だし、32歳の後輩は明石さんからすれば一番ワラビ採りに誘いたい相手でもあったでしょう。水野さんが重い腰を上げた理由は不明ですが、5月23日ですからPTAがさほど忙しくない時期だったのかもしれません。心地いい五月晴れだし、親しい先輩からの誘いを断り続けるのが心苦しかったんでしょう。明石さんはワラビ採りにハマっていたけど気になる男がいました。あなたも1度は見たことがあるでしょう。30代から40代くらいの体格のガッチリしていて気弱そうなあの男。人相書きの男を仮にNとしましょう。Nは明石さんの顔見知りですが、野山エリアでしか会ったことがない。たぶんNから声を掛けたんでしょう。「奥さん、ワラビ採れますか?」。Nの見た目は自分よりも年下だし肩幅は広いけど気が弱そう。写真で見る限り明石さんは気が強そう。しかもNは包丁を持ち、タケノコ泥棒の常習者であることを明石さんは目ざとく見抜いてしまう。なので野山エリアは不穏な雰囲気に包まれていきます。口うるさく注意する明石さんと口ごたえしないN。ですが温厚そうに見えるNは明石さんに対して徐々に不穏な気持ちが芽生えていったんでしょう。Nは家庭がありそうですが、実は別れた妻と娘に未練たらたらだったのかもしれません。