ぶさいくな女性と結婚したら不幸になりますかという質問をする男性の心理とは/Wacciの歌詞から分析してみた

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安心してください。これは明るい前向きな内容のお話です。

「ブサイク」とはヒドい表現なので使用をためらってしまうのですが、別の言葉に置き換えてみてもかえって皮肉な印象になって誤解されかねないと思い、とりあえずひらがなの「ぶさいく」にしておきます。

この記事タイトルのような質問がネット上で散見されてまして、それへの模範解答が私の考え方とたまたま、かなり異なっていました。

私の考えは少数派かもしれませんが、人間関係のアドバイザーとして、男女問題の相談にも乗ってきた者として、私の考え方が誰かのご参考になるかもしれないと思い、こちらで記事にいたします。

男性からの

ぶさいくな女性と結婚したら不幸になりますか?

という質問について。

まず最初に、こういった質問における「ぶさいくな女性」の意味についてですが、これは大雑把に二つの意味がありえると思うのです。

ほどよい事例としてWacciというバンドの「恋だろ」という歌がありまして、その歌詞のなかで、

外見も、年収も、過去も何もかも全部、関係ないのが恋だろ

という表現がありますが、同じ曲の別の箇所で、

仕方ないよな 君が本当に きれいだから

という表現もあります。

この一見矛盾するかのように見える歌詞は、わざとそうなっています。

①恋に外見は関係ない

②君がきれいに見えて仕方がない

これは別々の心情を示しています。

おそらくはこういうことでしょう。

①は、自分は彼女を月並みな外見で選んだわけではない。世間一般基準での「きれいかどうか」は僕にとってはどうでもいい。

②は、僕にとってはキミが「きれい」に見えてしまって仕方がないんだよ。

このとおり、この二つの歌詞には矛盾はないし、むしろこのポイントに気がついて欲しいのでしょうね。

ではこの質問の主題である「ぶさいくな女性」というのは、世間一般基準での「ぶさいく」の話なのかどうか。

文脈から察するに世間一般基準での話なのでしょう。

僕にとって彼女はキレイなんだけど、世間からはそうは思われないかもしれない。

そのことがこれからの人生にどう影響するのか?という不安。

1回限りの人生ですから、若いときにはそういう不安を持つのも仕方がないと思います。

だとすると、「世間一般基準でのぶさいくな女性と結婚したら不幸になりますか?」という質問への回答は、「不幸になるわけではありません。」が、私にとっての正解です。

私自身がその証明になりえます。

私の奥さんは私から見ると、とてもとてもカワイイし「きれい」です。

でも、私の母親は私にこんなことを言います。

アンタの嫁はぜんぜん美人じゃないけど実によくできた嫁だわ。

(よく言うわ!)

と私は思いますが、母親にとって私の妻はぜんぜん美人じゃないのだそうです。

でも私はぜんぜん気になりませんし、腹も立ちません。

だって、人間と言う生物は、そういうもの、だからです。

そもそもの話、異性に対する美意識は、人によってかなりばらつきがあります。

そういう心の仕組みになっているからこそ、人類は多様性で生き抜いて来れたのです。そして、各人はそこに気が付かないように仕組まれています。

いやいやそれでもやっぱり限界はあるでしょ。

というご意見もあるかと思いますが、人類の好き嫌いの個性は、私たちがなんとなく感じているものより、かなり激しいです。時代によっても国によっても違います。

ぜんぜん美人じゃない」と「ぶさいく」は違うじゃないか。

でも、その感覚だって、しょせん程度の問題だし、全員が同じようにぶさいくと感じるわけではありません。

だってね。私たちの遺伝子は全て、過去に無数の異性から選ばれてきたから存在しているのでしょ。

キレイかぶさいくか、なんてもんは、あなたがそう思えばそう。人によって感覚はいろいろです。普通という基準は実にあてにならないものです。

でも、本人にはそこが実感しにくいから不安になるのですよね。世間並みの外見の人と結婚する方が無難じゃないかと。

でもね、それこそが人によるのです。ここを誰もが同じだと思い込まないでください。あなたが勝手に選んでいるだけです。

無難な人生が幸せかどうかは、あなた次第です。

私の場合は、

無難じゃなくてよかった~

と思っています。

それによって普通の人が得られないであろう大事なものが得られたからです。

ネット情報ばかり見てしまうと、そのあたりをみんな同じなんだろ、と思えてしまうのですが、違います。

でね、ここからは周囲からの目線の話ですが、人間はそこが気になる生き物です。

でもね、「そこを乗り越えられるのが恋だろ。」というWacciの歌詞のとおりで、そこは乗り越えていけばいいのです。

つまりこの曲は、「他人から見た外見なんて気にするな」と訴えているのですが、それは「他人の彼女の外見とかも気にするな。」と言っているのです。

そういうことを考えても人生の無駄なんだよ。

そう考えてもらうことで幸せな男女が増えますようにと願っている曲だと私は解釈しました。

どんなカップルも、乗り越えていった先に得られる何かがあり、それはそのカップルによって種類が異なります。

それは、いわゆる「きれいな人」と結婚した場合には得られない、尊い価値のある何かかもしれません。

それをしっかり味わえる人生はステキだと思います。

そして、一つの人生で全ての何かを得ることはできません。

それはあまりに贅沢であり傲慢というものです。

あなたの人生でたまたま得られる何かをしっかり味わえばよいのです。

私が得た何かの素晴らしさを多くの人に理解してもらうのは無理でしょう。

どんな美人さんでも、イケメンくんでも、必ず歳をとって外見は変わり、だいたい似たような雰囲気になります。

つまり、時間が立つほどに、行き着く先は皆同じになってゆきます。

それでもやっぱり「きれい」に思えるのです。

おじいさんやおばあさんを見てください。

若かったころに、どれほどイケメンだったか、美女だったか、なんてわからないでしょ。

そういうものなんです。つまり、だんだん気にならなくなりますし、外見の違いを意識することの意味がどんどん薄れてゆきます。

それにね、そういう外見の部分で人間同士を比較してどうこう感じること自体が、「精神的な不安定さ」とつながっていることが多いです。

つまり、ぶさいくかどうかの問題は、そう思っている人の精神面の問題であろうかと。

精神面が穏やかな人ほど、そういう部分が気にならないのです。

だって、そんなこと自分たちの幸せに関係がないですもの。

いつもニコニコしていて、自信があって、陽気に振舞っている人は好印象です。

不機嫌なときよりも何倍も「きれい」に見えてしまいます。

そして、どんな女性も男性も、その人ごとに「魅力」を持っていますから、その良さを信じて明るく生きていってほしいです。

さらにもう一つ。

欠点は魅力の一つです。但し、その人がニコニコしていられればの話です。

女性の欠点を魅力に変えてゆく能力を持つ男性がこの世にはいます。

女性の皆さんには、そういう男性を選ぶことをお勧めします。

女性の外見をいろいろ批評するような男性はやめた方がよいです。

いまそういう批評家になってしまっている男性は、女性の欠点を魅力に変えられるようなステキな男性を目指しましょう。

ここから先は別の記事のテーマになります。




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