日本人の働き方をみて、「こんな国で子供を育てたくない」と思い、母国に帰ってしまう人がいる。
それを聞いたときは、「えっ、なんで?」と思いました。
その理由をたくさんの外国人から聞いたという海外在住日本人からの話を、さらに詳しく聴いてみると、こういうことだそうです。
海外では仕事より家庭を優先する傾向がとても強い。
休暇は長いし、仕事の引継ぎはいい加減で、日本人から見ると責任感に欠けているように見えることも。
一方で、家庭を犠牲にして仕事をするのが当たり前の日本。
つまり、日本人は仕事に対する責任が強いということですね。
「そんないい加減な仕事で海外の会社は大丈夫なの?」
と思うのですが、それが、どうにかなってしまっているという話なのです。
では、<仕事より家庭を優先する私たち>の労働効率はどうか。
残念ながら、日本企業の方が労働効率が低いという話もよく聞きます。
たくさん働き、家庭を顧みない。でも仕事の効率が悪い日本社会。
そういう社会で子供が働くようになったら将来、不幸になるのでは?という外国人の不安。
逆に、我慢して働くことが幸せにつながるという日本人の人生観。
家族関係が希薄な環境で育った人は、社会に出てからも精神面が不安定になりやすい傾向を私はカウンセリング経験を通じて感じます。
精神面の不安定さは仕事上のコミュニケーションにも深刻な影響を与えていますが、そのことにご本人は気が付きにくいです。
多くの場合、私たちは対話不全を相手のせいにしていますから。
事務処理能力は高いけれど、質の高いコミュニケーションが苦手なタイプの人。
結局は仕事に無駄が生じてしまうのですが、それをどうすることもできず、ご本人も周囲も心理的に辛い状況に陥ってしまうのです。
これから社会がAI化していったときに、不完全なコミュニケーションしかできない私たちには、どんな役割が残るのでしょう。
そして、衣食住が満ち足りたはずのこの社会で、「幸せ」とは何か。
お金がある人も、ない人も、物質的には100年前の人類よりはるかに豊かで安定しています。
私達が追い求めているものは、未来の幸せにつながっているのでしょうか?
家庭を犠牲して働く意味ってなに?
私たちは常に何かに不足を感じ、無意識に何ごとかかを追い求めてしまうクセがあります。
たまには、足元にある大事なものに目を向けてみてはどうでしょう。
私たちはもう、充分に満ち足りているのかもしれません。
あとは気が付けるかどうか。
それだけのことかもしれません。
穏やかな対話の時間を持てたら、何か気づきがあるかもしれませんよ。