たまにはドラムのことでも書いてみようと思う。
僕、そもそも音楽をやる人なので。
最近は占いやスピリチュアル寄りの話を書くことが多いけれど、音楽も結局は「見えないものを拾って形にする」という意味では、やっていることはそんなに遠くない。
受信機の種類が違うだけです。
で、本題。
ドラマーがタイコを増やす理由。
それは単純に、今あるセット以外の音色が必要だから。
別に、沢山並べているからスゴいとか、派手に見せたいとか、そういう話ではない。
欲しい音があるから増やす。ただそれだけ。
80年代のHR/HM全盛期からMTV時代にかけては、絵面的にも派手なドラムセットが好まれていた。
シンバルもタイコもズラッと並んでいて、見た目のインパクトも大きい。
音楽自体も華やかで、ドラムにも装飾的な役割が求められていた時代だったと思う。
その後、景気やライブ環境、機材事情、音楽の作り方の変化もあって、ドラムセットは徐々にシンプルになっていった。
Tommy Leeのように、派手なツーバス主体のセットから、よりシンプルな方向へ移っていったドラマーもいる。
その一方で、テリー・ボジオ先生みたいに「ドラムセットをどこまで拡張できるのか」を極めたような存在もいる
つまり、時代としてはシンプル化の流れがあったけれど、多点数セットそのものの価値が消えたわけではない。
では、なぜタイコを増やすのか
これは音程感の問題が大きい。
たとえば3発のフレーズを、高・中・低の順番で叩くとしても、どのサイズのタムを並べるかで聴こえ方が変わる。
同じ下降フレーズでも、滑らかに聴こえるのか、段差が強く出るのか、印象はかなり違う。
叩き方を変えれば音色の変化は出せる。
リムを少し掛けるとか、ヒットポイントをずらすとか、それだけでも差は出る。
でも、それで変えられるのは主に音色。
サイズ違いのタムが持っている音程感そのものまでは置き換えられない。
つまり、タイコを増やすというのは、派手に見せたいからではなく、
「この高さの音が欲しい」
「この流れで落ちる感じが欲しい」
「今のセットだと、このフレーズのニュアンスが足りない」
実務的な理由だったりする。
不思議なのは、ドラマーってセッティングに対して結構あれこれ言われやすいこと。
「タイコ多くない?」
「もっとシンプルでいいんじゃない?」
みたいな話はよくある。
でも、ドラマーがギターやベースに
「弦の多い楽器にして音域広げようぜ」
と言って、そのまま採用されることはあまりない。
このへん、バンドって面白いなと思う。
音の都合で増やしているのに、見た目の都合で判断されやすい。
一個や二個、タイコやシンバルが増えたくらいで、そんなに騒ぐことでもないんですよね。
欲しい音があるから置く。
本当に、それだけの話です。
こういう「表に見えている形」と「実際に中で考えていること」がズレているものって、音楽に限らず結構あると思う。
見た目では派手に見えても、中身はかなり地味で実務的だったりする。
僕はそういう、表面だけでは分からない設計を読むのが割と好きです。
ドラムセットでもそうだし、占いでもそう。
見えている結果の奥に、どういう構造があるのかを見る。たぶん昔から、そういうことばかりやっています。