二十四節気『芒種』
記事
コラム
2023年 6月6日 火曜日
来年は 令和六年
来年の今日は
六が三つ並ぶから
オーメンの日ですか?
去年亡くなった
母の誕生日でもあんのよ。
米寿だったっけかなぁ?
あの人は
私宛の手紙
全部開封してたなぁ・・。
検閲が終わらなければ
私に廻って来なかったから。
もし私の方が先に開封したらば
烈火の如く 怒っていたよ。
役所
病院
学校
各所から届く通知書類の全て
母の管理・監視の下で
全てを把握されていました。
だから
私の知らない所で
私の知らない内に
私の知らない事が
勝手に完結していたり ね。
それを知ったのは後々。
同じ中学校で
後輩の女の子と
文通が始まったんだけど
いつの間にか途切れて
無くなっていたのね。
それで
学校で見掛けた時に
その女の子に声を掛けたら
えらい怒られた訳よ。
「あんたの方から断っといて!」と。
詳しい状況は憶えていないけれど
その女の子には嫌われました。
その逆で
勝手に
私の名前で
母が文通をしていたようで
奄美大島へ行く事になった時
「此処へ行って。」と言われ
(知っている女性)
言われるがままに行きました。
ら、
なんか
文通的に
話が進んでいるみたいで
ただただ困惑しちゃいました。
当然
内容が噛み合う訳も無く
母の「もくろみ」は泡と消えました。
私は母の道具で
逆らえば叱られるし
自分の意見を言えば
シバかれました。
そのくせ
「自分の意志を持ちなさい!」って。
反抗って事でも無いけれど
「帰宅時間が遅くなるなぁ。」って時
連絡を入れないまんま帰ったら
その頃に伸ばし気味だった髪を
切られてしまいました。
吉田拓郎さん
中村雅俊さん
西城秀樹さん
野口五郎さん
そういった有名人は
髪を肩まで伸ばしていて
その真似をしていた時期だったかな?
それを母の気分で
好きに切られちゃいました。
机の引き出しの奥に隠していた
エッセー的に書き込んだノート
母に見付かり
赤字で
母の意見が書き込んでありました。
普通さぁ、
子供の秘密を知ってもね
普通の親だったら
何も言わずに
元に戻しておかない?
あの人は
自分の気持ちを書き込むの。
私の心が悲鳴をあげて
家出を決意させて
実行に突き進む結果となるの。
他人は好きに評価するでしょう。
「母と話し合いをすべき。」とか
多分 正論をぶつけて来るのでしょう。
私は心の中で
「女の子の格好がしたい!」と
思いを隠し持っていたから
面と向かっての話し合いなんて
とてもじゃないけれど
出来る訳の無い状況でした。
今でこそ
「LGBTQ」なんて言葉・概念が生まれ
一般的に知れ渡ったような環境ですが
当時は変態一色な時代。
絶体に言えませんでした。
逃げるしか選択肢は無かったんですね。
「卑怯な手段」しか選べなかった私。
傍目には私
真面目そうに見えていたようです。
大人しそうに見えていたようです。
だから、
家出の事実は
周りの人の腰を 抜かしたみたい。
「窮鼠猫を噛む」では無いけれど
追い詰められたら
何をしでかすかは わからないんですよ。
特に「大人しい」人は・・。
「まさか あの人が。」です。
でも まあ
よく
親に手を掛けなかったなぁ・・。
女の子の格好をしたいが為に
犯罪に手を染める事を
心が必死に止めたんだと思います。
皆さんが私を
どう評価しようと構いません。
あの当時の判断を私は
間違っては いなかったと思っています。
「渡りに船」の
家出先を提供してくれた
(母からすれば悪友)
救友には感謝しています。
立場が違えば
当然に評価も違います。
母の敵は
私の味方
その母も
この世には もう居ません。
やっと
ゆっくり休めます。