001 安全神話はいつか崩壊する、しかも最悪の形で! 

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航空機事故の教訓を鉄道や自動車の事故抑止に生かせるのか

こんにちは、杉さんです。
航空機事故、皆さんは何を想像されるでしょうか?
そんなこと言われても、日本で飛行機が墜落したのは1985年8月12日の日本航空ジャンボ機が最後で、その言葉自体が死語になりつつあると言われてしまいそうです。それはとても歓迎すべきことだと思うのですが、筆者がまだ小学生になる以前の1960年から航空機事故は激増しました。 下表にも記載しましたが、1960年に2件、1962年11月から1963年5月にかけて5件、1964年と1971年にそれぞれ2件と悪夢を見るような日々が続きましたが、航空機事故の特徴として、複数の事故が短い期間に重なり合ったように記憶しています。
その顕著な例が1966年3月4日と5日の2日連続で発生したものもありましたが、 確かに1971年7月30日の全日空機/自衛隊機の衝突事故までは日本の飛行機事故は時期が集中する傾向がありました。 それは特別な因果関係があるわけではなく単なる偶然としか言いようがないものと思われてきました。
そしてもう一つ厳然とした事実ですが、1960年から1971年の12年間に発生した 15件の事故のうち、日本航空機によるものが1件もなかったということでした。
・1960-03-16  全日空機/自衛隊機 小牧空港で正面衝突、死者3名
 ・ 1960-11-17  全日空機の社用機が北海道新得町で空中分解、死者4名
・ 1962-11-19  全日空機、愛知県猿投山、死者4名
・ 1963-04-24  全日空機、羽田空港で胴体着陸、2名が負傷
・ 1963-05-01  日東航空機、淡路島諭鶴羽山、死者9名
・ 1963-05-10  全日空機、仙台空港、死者0名
・ 1963-08-17  藤田航空機、八丈島八丈富士、死者19名
・ 1964-02-18  日東航空機、大阪国際空港、死者2名
・ 1964‐02-27  富士航空機、旧大分空港、死者20名
・ 1966-02-04  全日空機、東京湾羽田空港沖、死者133名
・ 1966-03-04  カナダ太平洋航空機、羽田空港、死者64名
・ 1966-03-05  英国(BOAC)機、富士山上空、死者124名
・ 1966-11-13  全日空機、松山空港沖、死者50名
・ 1971-07-03  東亜国内航空機、函館空港上空、死者68名
・ 1971-07-30  全日空/航空自衛隊訓練機、岩手県雫石町上空、死者162名
・ 1982-02-09  日本航空機、羽田空港、死者24名
・ 1985-08-12  日本航空機、群馬県多野郡上野村御巣鷹山、死者520名
1971年の全日空機事故までは絶対安全とまで言われた日本航空、 この会社の安全神話さえ不動のものになりました。
ところが事態は一変します。 二つの事故がそんな迷信を一瞬のうちに崩壊させました、 しかも最悪の形をとってです。
一つは1982年2月9日の羽田空港沖墜落事故で、事故原因は精神病を患った当該機機長による故意の事故の誘発でした。 その機長は1980年11月より「心身症」を理由に短期療養を命じられ、その療養期間が過ぎた直後のことでありましたが、 操縦記録によれば機長は 「逆噴射」 を行い墜落させたとのことです。 
理由はどうであれ明らかな殺人罪です。 心神喪失もしくは心身耗弱状態だから刑は猶予されただけのことです。 
さらに納得行かないことは、機長の精神状態を知っていて乗務を認めていた日本航空の刑事責任が何も問われないことが不思議でなりません。 時代が違うと言えばそれまでかもしれませんが、前代未聞、航空機史上最悪の事故というよりも前代未聞、航空機史上最悪の企業犯罪と言ってもいいのではないでしょうか?
もう一つは1985年8月12日群馬県御巣鷹山で発生したジャンボ機墜落事故です。 死者520名は、文字通り航空機事故史上世界で2番目に最悪のものと言われています。 
事故原因は7年前に発生した尻もち事故の整備不良とされていますが、一説では自衛隊機による実機訓練中の誤射とも囁かれています。
詳しいことは多くのノンフィクション作品や論評に書かれていますのでここでは省略させていただきます。
日本航空機による2つの事故から得られた教訓として筆者が考えた事は 『安全神話はいつか崩壊する、しかも最悪の形で!』 ということでした。
実はこのことは、筆者の得意とする鉄道の分野に当てはめてもみましたが、似たような傾向が随所にみられました。 
そもそもはお目当ての機関車や電車を追いかけたり、そして何よりも旅先で食べたり飲んだりすることばかりをしてきたのですが、たまたま目にした過去の鉄道事故のデータに目が釘付けになりました。
それは航空機事故と同じように短い期間に集中していたり、現場が近くであったり、路線が同じであったり、原因や現象が酷似していたり、多くの怪現象が目に飛び込んできました。
一例をあげると、
① オリンピックイヤーに中央総武線が狙い撃ちにされた、5件の追突事故
② 戦後間もなく連続した、300名以上の死者を出した八高線の2大惨事
③ 大規模工事と前後するようにおきた、近鉄電車の6件の大事故
④ 小田急線と京王線でおきた2件の通り魔殺人未遂事件
などがあります。
それでは次章以降、一部動画を含めてご説明いたします。

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