#59 袴田事件

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コラム
先日、袴田巌さんの無罪が確定しました
ここまで58年‥
想像を絶する長さです
発端となった静岡での殺人事件は、さすがに半世紀以上も前のことなので
ご存知ないという方も多いと思います
私自身は、十数年前に仕事関係のご年配の方から初めて聞きました
1966年に起きた事件ということであまりにも遠く、
当初は「へー‥」ぐらいの感想でしたが、
「冤罪」「死刑囚」というワードの重さに関心を持ち、
なんとなくネットで検索したことを記憶しています


難しいことはわからないので、単純な個人としての感想になりますが、
「冤罪」というのはきっと他にも多数あるのだろうと思います
謂れのない罪で実際に死刑が執行された方もいらっしゃるようです‥
(本来あってはならないことです)
死刑というのは最高国家権力であり、法の下に於いて罪人を殺めることが認められているわけですが‥

私は、死刑廃止論者ではありません
なので今の日本の死刑制度には賛成です
しかし先進国で死刑制度が存続している国は、日本とアメリカ、そして韓国しかないそうです

最も重い刑ということで極刑とも言いますが、
被害者のご遺族からすれば、たとえ刑が執行されたところで心の傷が癒えるわけでも、感情の行き場を見つけられるわけでもなく‥
勿論亡くなった方が帰ってくるわけでもありません‥


少し逸れますが、
2001年に起きた池田小事件の犯人「宅間守」は、むしろ死刑を望んでいたといいます
宅間にとっては死刑でさえも刑罰ではないということでしょうか
法廷でも最後まで謝罪の言葉一つなかったようですし、
それどころか被害者ご遺族を煽る発言を繰り返し、
「死刑にしてくれてありがとう」という言葉もありました

相応の罪を犯し極刑という裁きを受けた死刑囚には、執行の際、
「死にたくない」という恐怖や、後悔や反省の思いを持っていてほしい
もっと言えば被害者が味わった苦痛以上のものをまざまざと感じてほしい
宅間のように「ありがとう」だなんて台詞は、たとえ煽りだろうと聞きたくはないです
そして本当に宅間が死刑判決というものを望んでいたとして‥
だとすれば生かし続けることが宅間にとって苦痛を与える刑罰になるとしても、
私が被害者遺族だったら死刑を願うと思います
それが結果的に、宅間の最期に「ありがとう」と言わせてしまうことに繋がるとしても、
絶対に生きていてほしくはない

宅間守は死刑判決を受けてわずか一年で刑が執行されていますが、
近年では稀な早さです


話を袴田さんに戻します

この方は58年もの間、凶悪事件の犯人として日本中に名前を知られ、
人生の大半を「犯罪者」「死刑囚」というレッテルのまま生きてこられました

今になって冤罪でした、と
無罪が確定しました、と世の中に認められたところで、
ご高齢の袴田さんのこの先に何があるでしょうか
賠償金がいくらなのかは知りませんが、
たとえ何億もらったとしても、失った58年が埋まることはありません
時間はお金には代えられないのです

証拠を捏造した、というのが事実ならば、
そこに携わった人間こそ極刑に値するのではないでしょうか
1人の人間の人生を奪い、尊厳を奪い、何十年にも渡って拘束し続けた罪の重さは計り知れません

袴田さんがご存命の間に潔白が晴れたことは、ご尽力された方々にとっては良かったと思いますし、
ご本人にとっても喜ばしいことだとは思います
ですが「無実が証明されて良かったですね」で終わらせて良い話ではありません
そんな簡単なことではないはずです
人の一生がかかっているんです
袴田さんの無罪確定は、決して「感動する話」ではないのです
「捏造」が本当なら、日本の捜査機関は取返しのつかないことをしてきたのです

その重さを、もっとしっかりと受け止めるべきではないでしょうか

たとえどれだけ悔い改めて向き合ったとしても、
袴田さんが失った時間は決して、
戻らないのですが
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