無限の可能性を開いていく
記事
学び
こんにちは。
光の翼 ここみんです。
いつもブログをお読みくださり、
ありがとうございます♪
「私」も「あなた」も
1つの大元の
根源によって
生かされていますが、
それぞれの
魂のルートも計画も
今生体験する事も
まったく違うので、
誰かを
そのまま真似たり
考え方を
身につけたとしても
あるがままの「私」で
存在していることには
なりません。
子供の頃に
両親から
「あなたも見習って
あの人のようになりなさい。」
…という教えを
叩き込まれて
「私」ではない
別の他者になろうとするのと
同じことだからです…。
誰かを真似て
誰かと同じに
なろうとするのではなく
唯一無二の「私」のままで
存在します。
内に閉ざしたままだった
エネルギーを
次々と開いて
解放していきながら、
内側に
眠っていた無限の可能性を
開いていきます。
あるがままで生きると
世間一般的な
在り方ではなくなっていき
少しずつ
周囲と
ズレが生じてくる
…ことと思います。
唯一無二なので、
周囲の他者と比較すれば
生き方以外にも
世間一般と
かけ離れて
考え方も信念も価値観も
大きく違ってきます。
本質の「あなた」は、
世間の人たちと
同調しながら
世間一般と肩を並べて
過ごせるようには
創られていません。
周囲と
意見や価値観が
噛み合わなくなり、
最初は
不安を感じるかも
しれません…。
しかし、
周囲の他者たちとの
相違を
感じられるほど、
自分を抑え込んで
周囲に
合わせながら
無難でいようとしていた
他人軸の「私」から、
内側から
湧き上がるままに従う
自分軸の
あるがままの「私」に
確実に
変容していきます。
自分軸の
心地よさを
味わってしまえば、
毎度のように
不快感が残る
他人軸に
再び戻ることは
もう
無くなっていきます。
世間一般から
はみ出さないように
世間を
見習いながら、
喜びや希望を
妥協しながら、
チャレンジもせずに
無難に生きる
…ということは
平たくいえば、
世間の
他者たちと大差ない
平均的な
最期を辿る
…ということです。
(無難に生きることを
否定しているのではありません…。)
ハートの
内側に眠っている
本質の「私」というのは、
そのような
小さく平凡で
ありきたりで
無難な
存在ではありません。
おそらく
これまで生きてきて、
到底、
「私」にしか
理解できないような
独自の体験や
耐え難いほどの
苦しい思いをして
学んだ
気づきなどが
誰にでも
1つや2つは
あるのではないかと思います。
魂のルートに沿って
生きていくと
ごく自然の流れで
「私」だけの体験で
得た気づきを
世界に
発信していく機会を
得るように
なっていたりします。
それらの
発信によって
共通の問題を抱える
他の他者たちが、
発信された
メッセージによって
心底
安堵したり、
他者の価値観が
音を立てて
崩れ去るような
変容が
起こることもあります。
これまでの
個人的な体験上、
根源は、
肉体を持つ
「私」を通して
メッセンジャーとして
世界に
発信していくことを
目的として
創造している…。
…と
感じるようになりました。
私個人の魂に
託されていることは、
完全なる自立、
物質を超えて与える
(子供たちに対する母親の)
無条件の愛、
…だと
感じています。
それによって
集合無意識レベルの
浄化が起こり、
全体が共通して
抱えていた
未解決の問題が
じわじわと
勢力を弱めていく。
もっと多くの魂が
気づいて
解決していくにつれて
問題は
消滅していき、
依然として残る
別の未解決の問題は、
根源に
託された
まだ見ぬ魂が
懸命に
取り組んでいる
最中なのかもしれません…。
根源は
肉体を持たないので、
それぞれ個に
今生における使命を
各自に与えて
その使命を
全うしていくことで
メッセンジャーとしての役割を
個に託して
世界に発信して
エネルギーを与えていくことで
結果的に
豊かさを
受け取れるように
あらかじめ魂に
組み込んでいる
…と
感じます。
人間社会と違って
宇宙は一元で
好景気も不景気もなく
景気によって
変動しません。
ノルマも無く
完全ストレスフリー…♪
他者が
何をどう選択するかは、
その他者の
意識によるので
「私」に
責任は無い。
たとえ
たった一人も
ついてこなくても
まったくお咎めなし。
人間社会ならば、
業績が悪いと
判断されて
クビを
切られかねません…。
私のとって
お金は
物々交換的な
単なる紙切れという
認識で
これまでも
比較的
大金を
ゴーカイに
動かしてきましたが、
ハイヤーセルフというのは
更にそれを
はるかに上回る
ゴーカイさ。
(あたりまえだが…。)
本質の「私」は、
こんなに太っ腹で
肝が据わっていて
器がデカいのかー!?
そりゃ、
何度結婚しても
元ダンナさんが
やたらチマチマして
器が小さく
ケチ臭く
頼もしく感じられなくて
「みちゃーおれん…。
もう全部、
私ひとりで
やっていくわ!!」
…って
なっていたワケだ…w
感覚の差だから
相手に合わせて
こじんまり収まろうとしても
それでは
私にとっては
つまらないし
窮屈で
物足りない…。
魂の計画に
そぐわないものは、
ムリやり
維持しようと奮闘しても
遅かれ早かれ
終焉を迎えます。
器の大きさ=エネルギーの受け取る量
で、
どのくらい受け取れるかは
個人によって
大きさはマチマチ。
器は
エネルギーの解放によって
変えていけるので、
徹底的に
大きくしていきます。
多くの人々は、
「与えると減ってしまう…。」
…という恐れを
持っているようですが、
与えることは
受け取ることなので、
守る必要などありません。
歪みや雑多のエネルギーを
クリアに
していくにつれて
「私」の
本質が持っている特性や
使命に応じた
潜在的な能力が
じわじわと
現われてきます。
不要なエネルギーを
取り払っていくことで、
これまで
全く見当のつかなかった
進むべき方向性も
スッキリと
見えるようになって
物事が進展していきます。
エネルギー通り
あるがままで存在するから、
エネルギーが整って
相違が
無くなっていき、
「私」が
ハイヤーセルフで
一体となっていくにつれて
外側も内側もなく
起こる事象の辻褄や
タイミングも
ピッタリと
合っていきます。