頑張るのをやめる
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学び
こんにちは。
光の翼 ここみんです。
いつもブログをお読みくださり
ありがとうございます♪
人が一生懸命
頑張るのは
なぜでしょう…?
上司から
評価をもらうために
仕事を頑張る。
より
業績を上げて
その結果
収入を増やす
目的のために
仕事を頑張る。
もっと彼に
愛されるために
キレイで
いいオンナでいようと
頑張る。
物わかりがいい
寛大な人でいようと
頑張る。
なぜ
頑張るかというと
「そのままではダメだ。」
と、思っているから。
ありのままでは、
周りから
認められない。
愛されない。
と、思っている。
「私」の頑張りが
報われるには、
他者からの
評価が
必要不可欠です。
でも、
「私」への評価って
他者から
もらうものです…。
他者の心に
響かなければ、
どんなに頑張っても
評価は、
もらえないかもしれない…。
この場合、
評価の主導権を
他者に
明け渡している
「他人軸」なので、
「私」の力では、
どうにも
コントロールできません。
そもそも
頑張っているから、
評価が
もらえるわけではない…。
SNSに
画像をポストしても
(いいね!の数が評価だとすると…。)
頑張っているから
といって
大勢の他者から
「いいね!」を
沢山もらえるわけでは
ない。
他者が
自分以外の他者を
評価するときって、
何かしらの
共感できる
その人の要素を
気に入って
好きになったり
認めたり
良い!とか
善!とか
評価しているだけ
あくまで
評価する者の
主観…だったりする。
「私」の
頑張りや実績と
他者からの評価に
関連性はありません。
何らかの
主観的な理由で
「私」という存在が
好感を持てない
イケ好かない人物ならば、
いくら
頑張ったところで
他者から
評価をもらうのは
至難の業。
嫌いな人物のことは
評価できないし
否定します。
それに他者は、
評価することも
評価しないことも
自由に
選べます。
「私」の
頑張りとは
関係なしに、
二通りの
選択肢のうち
どちらでも好きに
選べます。
彼から
「愛される」かも
しれないし、
「愛されない」かも
しれません。
本来ならば、
「どちらでもいい。」
真実の
無条件の愛ならば、
「…でなければいけない。」
…と、
条件をつけず、
「評価される」「愛される私」も
「評価されない」「愛されない私」も
同じように
認めています。
頑張るのは、
「私はそのままでは、評価されない。」
「私はそのままでは、愛されない。」
…と、
思い込んでいるから。
「評価されない私は、ダメだ。」
「愛されない私は、ダメだ。」
…と、
信じているから
頑張って
他者からの評価を
もらおうとしてしまいます。
他者から
もらおうとする
「他人軸」は、
なかなか
「私」の希望通りに
いきません…。
評価を下すか
下さないかは、
他者次第
だからです。
他者に
認めてもらおうとする
他者に
必要としてもらう
「他人軸」ではなく、
「私」が「私」を認める
「私」が「私」を必要とする
「自分軸」ならば、
頑張ることも
要らないし
他者から
もらおうとしなくても
いいので、
自然体の
在るがままでいられます。
この世の中の
常識社会に
沿っていくには、
「他人軸」
他人が主体の世界。
(限界はあり、いずれ行き詰まりますが…汗)
スピリット(魂)に
沿っていくには、
「自分軸」
(限界はなく、制限が外れていきます。)
「私」が源。
私が主体の世界。
「私」が「私」に
評価を与え、
認めていればいいし、
「私」が「私」を
必要として
愛していればいい。
他者から
もらいたいのに
もらえないから…といって
どうにかして
もらおうと奮闘したり
怒りが
湧いてきたり…。
…というのは、
幼い子供の頃の
親の気を
引こうとしたり
愛されようとして
親に対して
感じていた思いや
依存心だったりします。
(依存しているから怒りが湧く。)
幼い頃の
エネルギーを保持したままで
大人になり
社会に出て
殆どの
多くの他者が
子供の頃のパターンを
外側に
投影していたりします。
「ありのままの私では、ダメだ。」
「ありのままの私では、愛されない。」
…という信念が
無意識にあると
立場が
上の上司(親)に
認めてもらいたくて
頑張ってしまうし、
愛する異性(親)に
愛されようと
頑張ってしまう…。
「このままの私でいい。」
あるがままの「私」を
無条件に愛して
内側のエネルギーを
整えていくと
もっともっと…と、
頑張らなくても
外側から
評価をもらわなくても
誰かから
愛されようとしなくても
いつでも
幸せを感じることができ
満たされて
いられるようになります。
外側や他者に対して
求めてしまう要求は、
想像以上に
自分を
苦しめてしまいます…。
その思いを
癒やしていくと
今あるものに
満足して
過ごせるようになります。
誰かから
認められたり
愛されることは
たしかに
嬉しいことですが、
「私」が「私」を
認めて
愛していれば、
頑張らなくても
「私」が
必要とする
愛する
大切な他者からは、
必然的に
認められ、
愛されるようになります♡