こんにちわ、ヴィーナです。
今回は、わが子のお話をしたいと思います。
と言いますのも、少し音楽性に関して特殊な能力を持って産まれてきたためです。歌を歌う子です。
記事上ではAとさせていただきます。
今回は、わかりやすくまとめるために、箇条書きにしていきたいと思います。
~音楽的特徴~
・音楽に関する記憶力がよい
幼いころから、気に入った曲はすぐに覚える。歌詞はそこそこだが、メロディーの記憶が早く、その気になれば一週間で何曲も、歌詞を見れば歌えるくらい覚えることができる。
・音楽に関する興味が深い
生活の中で耳にした音楽(街中、CMソングなど)で、ちらっと入ってきたメロディーでも気にいるとタイトルを調べてYOUTUBEなどでヘビロテする。
・常に音楽に触れている
よく歌を歌い、口ずさむ。何かしている時でも、勉強の時も歌っている方が集中できるらしい。家での勉強中もうるさいくらい歌っているが、成績はきちんととれる。ちなみに外ではちゃんと静かにしているらしい。
・音の理解が深い
特に歌声に関する理解が深い。歌のメロディや歌詞だけでなく、発声の仕方、響かせ方が聴いてわかり、真似をすることができる。
音のピッチレベルでの正誤がわかる。
・リズムの理解が深い
細かいビートなども聞き分け、手拍子等で再現ができる。
・音階を感覚で理解できる
音程、全音半音は、教えていなかったが幼児期には理解していた。
・ピアノを両手で弾く
小学校低学年には、和音の理解はなかったが、両手できらきら星(イージーモード)など弾けた。友達や学校の先生のを見てまねたらしい。現在は弾きたい曲は自分で楽譜を見て、趣味の範囲で弾く。
・音に対するこだわりが強い
好きな音楽、楽器、歌声など、好き嫌いが非常に強い。一方でアーティスト本人に対する興味は低い。
・リズムに関しては、後ノリグセがある
リズムは若干苦手な様子。後ノリグセがあり、自分で気づきづらい。指摘され、録音して聴き返して気づく。練習すれば正確なリズムで歌えるが、意識しなければ、基本後ノリ。
この子の、音楽に関する特徴に気づいたのは5歳くらいの頃から。このころから、人並み以上には歌が上手だった(音程、リズムを合わせられる)こともあり、少したきつけたら(←)本気で取り組み始めました。賞を数度いただいた経験を持っています。歌うことが大好きですが、リズムや音程を正確に歌いたくなるようで、もっと幼いころは思い通りに歌えなくて人前で歌うのは緊張するというわりに、声はしっかり出るタイプ。
同時に、私自身が人よりも音感、リズム感が鋭いのだと、気づくきっかけにもなりました。
私は、音楽の基礎知識、音階や楽譜については、幼児期よりピアノを習わされていたので教わって得たものですが、それをAはすっとばして気づいたらできるようになっていました。
しかし、私は音階を聞き分けたり、音がずれているとか合っているとか、のどや口、体をどう動かしてその声を出しているかがわかるのは、普通だと思っていました。義務教育で音楽の授業もありますから、音楽の知識も普通に生きていれば身につくと思っていたんです。
が、音やリズムが合っているかわかるとか、メロディを先読みできるとか、覚えられるとか。普通ではない、ということがあとでわかりました。
正直、プロの中でも有名な方でも、それができない方、理解しているけど体現できない方は多くいます。
その技能は、いいことばかりではありません。時に悪い方向にも働きます。
自分や、人の音楽の正確性が気になって嫌な気分になったり、自分の好みと合う人がいなくて、音やリズムの理解度の違いを感じすぎて、うまくコミュニケーションがとれなかったり。
しかしAは音楽に大きな喜びを感じ、自分の夢や目標として情熱的に取り組むことができています。私自身は子どもの頃はそこまで熱心にできるものがなかったため、早いうちから好きなこと、本当にやりたいことを見つけるってとても素晴らしいことだな、と感じます。
~人格的特徴~
これも、はっきりしてきたのは小学校低学年ごろから。
人の感情に敏感+人の望みに応えようとする-自分が嫌なこと=人を避ける
人の感情の機微をとらえるのが巧みだった様子です。小さいころから心の機微がわかるからそれに応じるけど、それが自分自身は嫌なこと。ということが少なからずあった様子です。
例えば先生が、あれをやってくれたらラクだな、ということを察して率先してやれば、褒められたり感謝されるのでいいのですが、同じ年ごろの子ども達
でよくある「アイツむかつくから無視しよう」みたいなことだと、それを察するんだけど、本人は人に悪意を向けることは極端に嫌いなのですごくストレスになる。というようなことがとても多かった様子でした。
あの子があの子にいじわるして、とかあの子がこうした方がみんな楽しいのにやらなくて、みたいなことを泣きながら私に訴えてくる、ということが冗談でなくほぼ毎晩ありました^^;
そんなつらい幼少期を経て、小学校高学年では「一匹狼」状態になっていたそう。そのころには、泣きつくことはなくなりましたが、やはり学校で起こる、自分とは相容れない価値観の話(グチ)はよくされました。
人と関わって嫌な思いをしたり、人に流されて自分を押し殺すよりも、一人を選んだ小学生でした。
・周囲の人の感情に敏感
Aの場合、敏感=干渉されやすい、ではない。人の感情に敏感できちんと察するのだが、スルースキルがとても高い。他人事、と受け止めることができる様子。
・周囲の人の望みに応えようとする
人がどうして欲しいのかを、自ら進んで察して応えようとする意識が強く、小学校低学年の頃から、誰に言われるわけでもないのに教室の掃除や先生のお手伝いをしていたらしく、先生にはとても感謝されていた。が、逆に言うと、自分の行動に対して、自分がどう思っているのか、というのがない状態。
・自宅では、嫌なことは意地でもしない
外では、人が喜ぶようなことを率先してしようとするのに、家では気分が乗らないと手伝いも意地でもしない。泣いてでも拒否する。
また、自分が歌いたくない歌は、たとえ褒めたりおだてられたりエサをあげたりされても歌わない。
・人の言動に、自分なりの意見を持つ
小学校低学年のころから、同級生の良くないと思う言動(陰口、いじわる、悪口、喧嘩、態度、言葉の選択など)がとても気になり、とても嫌な思いをしていた。
ほぼ毎日、同級生や友達のグチを、泣きながらに訴えてくる^^;
特に、当時よく一緒に遊んでいた子が気が強く少し意地悪めだったため、その子の言うことは納得できない、でもいつのまにか遊んでいる(自分の意志ではなく、誘われるから遊ぶ、という行動の結果ですね)。
人の目が気になる×自分に嘘をつかない=人を避ける
正義感が強いわけではありませんが、自分なりの価値観がはっきりしていて、それも”自分の価値観だ”と自覚はしているのですが、人にも自分と同じような価値観を持ってほしい、という願望が強い様子。
例え相手に嫌われようが、怒られようが、自分がこうだ、と思ったことに嘘をつくことができません。こう言うと、とても気が強そうに見えますが、人と当たる、ということも嫌い。
じゃぁどうする、と編み出した答えが”人を避ける”。でした。
・人の目
自分がどう見られているか、というのは気にするが、人にどう見られたいか、という点にはあまり興味がなく、飾ったり、取り繕ったり、自分を美化しようとしない。
ただし、●●のように思われたくない、という気持ちは強い。
・人を避ける
幼少期の友人関係がよほど嫌だったらしく、中学生になり防衛手段として、人とあまり関わらない、ということを選択。高校生になり、また人付き合いできるようになりたい、とがんばっている様子だが、人と無理に付き合うのではなく、自分が気が楽なような付き合い方、付き合う人を選んでいるとのこと。
・こうしたらいけないのではないか、という想いが強い
こうしたらダメなんじゃないか。と、自分の言動をストップさせるクセがある。本人曰く、自分の言動が他と違うので、戸惑ったり変な顔されたりする、と感じることが多いそう。
・自己分析をする
今の精神状態や、自分がした言動について第三者視点に立った分析をすることが多い。自分がそのような言動をした理由や、原因、その時の感情を整理する。
・自分に嘘をつかない
嘘はいけない、という観念がある。そして、自分に嘘をつきたくない、という想いも強い。それじゃ全て正直にさらけ出すのか、というとそうではなく、さらけ出すと都合が悪いと判断したことは”言わない”という選択をする。
・自己表現
自分の考えや思いを表現するのが苦手。自分の考えや思いを話そうとすると涙が出ることがよくある。自分で、悲しいのでも辛いのでもないということはよくわかっている。高校生になり、涙がでなくなり、自分の思いを伝えられるようになってきたが、自分なりに自己表現の大切さはよくわかっており、普段からすごく頑張って努力している、とのこと。
~その他~
・忘れ物が多い
自分なりにメモしたり、何度も確認していても、抜けがでることが多い。
・じっとしているのが苦手
勉強の時にじっとしているのが苦手で、授業中は大丈夫のようだが、自宅では常に歌ったり踊ったりうろうろしたりして勉強など机に向かっている。
・注意力低め
多い忘れもの、毎日使っている電車を乗り過ごしたり、いつも通っている道路にある店を全く覚えていなかったり。
・学校学習について
成績は中の上くらい。
一定以上の成績をとれていると将来的に役立つ、という認識を持っているため、それなりに学習は努力している。経験や学ぶことの意義を考えられる。
教科の好き嫌いはあるものの、取り立てて問題はない。
理数、英は得意分野。社会系学科など覚えることは、苦手。
このように、比較的ADHDやHSPに似た特徴があります。
自分で気にしているらしく、ネットでよくある●●診断、というのをやって、自分でADHDやHSPだろう、と考えている様子。
親の向き合い方
ここからは、私がAに、どのように向き合っているのかを書いていこうと思います。
~音楽的特性に対して~
私も音楽が大好き、なのと、ある程度感覚的にわかる方なので、Aの音楽に対する愛や、理解者、音楽仲間、として接するように、小さな頃から心掛けていました。
もし、私が本当に音楽を生業とする道を進んでいたら、主人とも出会わず結婚もせず、つまりこの子は産まれなかったと思います。
そして、音楽に対する感覚があるからこそ、まだ幼少期の時から、音楽の一番大切な部分(知識ではない感覚的な部分)を伝えて育てることができたと思います。
私がAの音楽性を育てた方法としては、様々な”感動をする音楽”をよく聞かせました。よくわからないけど感情が高ぶる曲、メロディーが心地よくなる曲、ひと声でハッとするような歌手の歌、情景が浮かぶような音楽。ジャンル、邦楽洋楽古今を問わずです。
そして、聞きなさい、というのではなくて、「これ、すごいから聴いてみて!」と自分の感情を紹介するような声掛けで聞かせ、「どう?」と本人の感想を聞く。絶対に本人の感情を否定せず、自分はこう感じたけど、あなたはどう?というやりとりをたくさんやりました。また、その音楽で気づいて欲しいポイントを、さりげなく「ここはこうだから、こう感じる気がする」と、教える、というのではなく知らせる感じで伝えました。
今でもそうです。ですから、お互いに自分の推し曲を紹介する、というのもよくやります。
私の子どもの頃の経験としては、親から強制的にピアノのレッスンに行かされ、クラシックこそちゃんとした音楽だと親の価値観を押し付けられ、楽しいや面白いという感覚は悪いことだと教え込まれた、という意識があり、それが一時期の音楽離れに繋がっていたので、後々それがなければ私も音楽の道を行ったのにと恨みましたが、今では、これは、今こうして音楽の道に進む方を幸せにするための経験だったと思えます。
やがて、Aが本気で音楽のプロを目指す、となってから、一番最初に取り組んだのは
”練習する気が起きる方法”。
これ、どの分野においても、一番最初の難問ではないか、と思います^^;
最も注意したのは”いかにやりたい気分になるか”。嫌々やる練習ほど意味がないものはないからです。
それでも、始めてから2年くらいは、本人はわかっていてもなかなか練習する気が起きず、なかなか苦労しました^^;
中学生くらいになって、練習しないと気持ち悪い、という状態になり、自分で勝手に練習するようになりました。
しかし、もちろんそのあとも次々と課題がでてきました。
”自分の歌いたいように歌える技術”
”音楽に感情をこめる”
”人前で歌う時の表現力”
”人と音楽を共有する”
”自分の人生を音楽に捧げる”
”音楽に自由と幸せを加える”
”幸せで自由な音楽を人に届ける”
その内容は、また別の機会でお話しようと思いますが、いくつか奇跡的な体験があったことを記します。
1.妊娠時、5カ月目まで妊娠に気づかなかったことで、無事産まれた(そのころの諸事情により、もしかしたら・・・ということもあったため)
2.私がHSPで感覚的な音楽性がある程度あったことで、幼少期に人間性や音楽性を適切に育てられた
3.音楽とまったく関係ないところでの主人の縁で、そのころ一番好きだったアーティストが、歌の撮影に使った特殊で特別な場所で、そのアーティストの撮影の時に携わった方と偶然会うことができ(その方もあと数日でその場所を離れる予定だった)、ご厚意で同じ場所で歌うことをさせていただけた(私とAの二人きりでしたが)
4.とある歌唱大会で、その時新しくできた賞の一番最初の受賞者になった
5.とある歌唱大会で受賞した時に、とある芸能養成所の方に声をかけていただき、入所試験をクリアした上で学費免除で数年間レッスンを受けることができ、芸能活動の一部を見ることができた
6.音楽を通して、人間性を成長させ、自分独自の人生を歩むことができている
7.とあるライブ出演がきっかけで、とある商品のテーマソングを歌うというお仕事をいただいた
これ以外にも、小さなことでも音楽に関することで、”運がいい”ということが多くあり、つい”導かれてるなぁ~”と感じてしまいます。
ただ、一つ興味深いのは、本人が本気で望めばプロになれる機会は十分にあったにも関わらず、自分で望まない、ということ。
まだ小さなうちはうまく表現できなかったものの、高校生になって自分の考えをある程度伝えられるようになってきたので、改めて、
「何故夢に向かって十分努力しているにも関わらず、積極的に良いタイミングをつかんでいかないのか」
ということを尋ねたところ、本人自身が望む活動の仕方ができないように感じる、というのです。
例えば、人に強制的に歌いたくない歌を歌わされたり、望まないタイプのファンがつきそうな活動内容だったり、自分が望まないことをしなくてはいけなかったり。
もったいないなぁ、と思う反面、改めて、幸せなアーティストになる、自分の人生を自分が納得できるように生きていく、ということを望んでいるから。それは本来、最も大切なことのはずです。
かといって、お金に苦労するアーティスト、というのも幸せとは言えません。ですからアーティストの多くが、お金のために、売れるために、という活動をするケースも多いですよね。
それではどうするか。
最近になって、自分自身で一つの面白い解決方法を見つけた様子。どうなっていくのか楽しみです。
この子育ての経験は、私に改めて、アーティストが、ただの有名なアーティストになるのではなく、幸せなアーティストという存在になることの重要性を認識させました。
だって、どんなに有名な素晴らしいアーティストになっても、幸せではなかったら、意味がなくないですか?親であれば、子どもには幸せになってもらいたいですしね。
また、もう一つの私の個人的な願いは、やはり
音楽世界を応援する者として、幸せな音楽世界が幸せになって欲しい。そのためにもそれを構成するアーティストには、幸せになって欲しい。
ということです。やりたくないことをやって人を喜ばせる、なんて、奴隷ではないですか。
そういう意味でも、Aが我慢したり自己犠牲をせず、自分の主張を大切にしてくれるのは、すごくいいな、と思っています。
~人格的特性に対して~
こちらも、かなり私自身のこれまでの経験が役立っている部分があります。
私もHSP、そして、ADHDのケが多少なりともあります。
だから、気持ちもよくわかるし、避けるべき対処法もわかるし、解決方法もアドバイスすることができます。
Aの中で最もストレスなのは、
”ストレスに感じてしまいやすい受け止め方”。
HSPの多くは敏感だったり繊細だったりしますが、それ自体が問題ではありません。”ネガティブに捉えてしまう捉え方”の問題だったりします。
私自身、子どもの頃はストレスが多すぎてとても辛かったのですが、この受け止め方を変える、ということを知ってから、どんどん楽になってきています。
感じ方は変えられない、と考える方は多いですが、変えられるんですよね。
変えたい、と思うなら。
ただ、本人は無意識のことなので、無意識の分野を変えることは、簡単ではありません。でも変えられます。
それを、その年齢で理解しやすいように、その子が受け止めやすい言葉を選び、何度も何度も伝えていきました。
私自身がしっかり変えられたのは、取り組み始めた大人になってからですが、Aは小さい頃から伝えていたためか、少しずつ変化してきて、今はだいぶラクになってきたようです。
もう一つ、大切だと思っていることは、
自分自身で、自分自身が幸せになるための行動をする。
ということ。
何も意識しないで生きていては、他者の影響に流されるばかりになり、幸せになることは難しいものです。自分自身の幸せはなにか、そのためには何をしたらいいか。それを常に考えられるよう、こまめに世間話のようにして話をしたり、ワークのようなことをやってきました。
自分がネガティブな思考に陥っている時や、それが常態化してしまうと、自分自身と向き合うことに抵抗が強くなってしまい、放置しがちになってしまいます。
また、現在はスマホ、ネットがあるため、自分と向き合ったり、感覚(五感、第六感)を動かす、物事をじっくり考える、という機会がぐっと減ってしまっています。これは注意していないと大人でも本当に危険なことです。
さらに、
健康を維持することに興味を持つ
ことも大切にしてきました。食事、生活習慣、運動睡眠など、これが幸せの土台になる、ということを生活の中でしっかり伝えてきました。
年ごろらしく、お菓子やスイーツが好きだしごはんも大好き。時には食べたいものを食べたいだけ食べることもしますし、夜更かししたり、一日パジャマでごろごろしていたり、スマホに没頭することもあります。
ですが、どうすることが健康を害するのか、ということは知識として十分に持ち、健康でいることがいかに心地よいことか、というのがすっかり実感できているので、心身共に大きく病気をすることなく、健やかに成長しています。
本人が、
「ちゃんとしたものをちゃんと食べて、しっかり寝て、しっかり運動すればみんなもっと元気になるのに」
と言っています^^;。
生活習慣が健康であれば、心身は病みにくいものです。逆に、不幸せな方が健康的な生活習慣を送っているパターンを見たことがありません。
また、本人や周囲がネガティブに感じてしまいがちの、忘れ物が多い、注意力不足傾向などは、ネガティブなことと捉えず”対策が必要なこと”と考えています。時に手痛い結果になることもありますが、死ななければかすり傷。そこで自分を責めたり、後悔しないように誘導することも強く意識しています。
これが、家で積極的に取り組んでいる関わり方です。
ウチの場合、をご紹介させていただきました。
ただ、正解不正解、というのはありません。
その子によっても、周りの環境によっても変わるものです。ただ、どんな子でも、どんなパターンでも変わらないことは、
関わる方は、”本人の軸を大切にすること”
本人は、”自分自身と自分軸を本当の意味で大切にすること”
ではないかと思います。これから外れなければ、そうそう悪いようにはならないと考えています。
だって、そこに生きているだけですごくて奇跡で素晴らしいことだから。
どのご家庭でも子育ての悩みはあるかと思いますが、私たちは幸せになるために生きています。それを忘れないでいただきたいな、と思います。