Korufel(こるふぇる)と申します。
何か月もブログ投稿をサボってしまい申し訳ありませんでした。
忘れ去られているかもしれませんが、今回は記事を書いていこうと思います。
私は神話や伝説にも興味があり、時折『古事記』にも手を出しているのですが、今回は有名な『日本書紀』、『古事記』にも記載はないけれど、面白そうなマイナーな神様について書いていきたいと思います。
丹生都比売神
丹生都比売神(にうつひめのかみ)は和歌山県伊都郡(いとぐん)かつらぎ町の丹生都比売神社を本源として、和歌山から四国に掛けて点在する神社に祀られている女神様です。
別名を稚日女命(わかひるめのみこと)ともいい、『丹生大明神告門』によれば皇祖神・天照大神の妹神とされ(大国主神の御子神とする説もある)、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨、紀州・大和をめぐり機織りに養蚕、農耕を広め、煮炊きなど衣食住に関する事をお広めになられ、最後に高野に鎮座したといいます。
名前にある丹(に)は水銀の事で、朱砂(しゅしゃ)とも呼ばれる丹砂(たんしゃ)から採取され、染料や魔除けの顔料となる朱が生まれます。一説にはこの女神様が祀られているいずれの神社も朱砂鉱山埋蔵地にあり、これを支配する一族の守護女神でもあるそうです。今でこそ有毒物質として恐れられる水銀ですが、前述の通り丹砂から生まれる顔料は昔から魔除けとされ、『播磨国風土記逸文』によれば、神功皇后の朝鮮出兵に際してもその祈誓を受け入れ神託を授け、皇后はその託宣に従い賜れた赤土(あかに)で衣服や武具、船までを朱色に塗り戦いに挑んで勝利したとされています。
◆空海との関り
丹生都比売神社の社殿には丹生都比売神の他、高野御子大神(たかのみこのおおかみ)、後世に合祀された大食都比売大神(おおげつひめのおおかみ)、市杵島姫大神(いちきしまひめのおおかみ)が祀られています。なお、弘法大師として有名な空海(774~835)が開創した真言密教の大道場・高野山と山麓の慈尊院を結ぶ表参詣道のほぼ中間地点、標高450mの天野盆地にあるのですが、空海が高野山金剛峰寺を開くとき、神領の一部を寄進し、高野山の鎮守として厚く祀ったため、古くは高野山参詣の折にはまず、この神社への参拝が不可欠だったそうです。
空海が高野山を密教の道場に定めた時の伝説に、丹生都比売が登場します。
『弘法大師は、唐の国からはるか日本に向けて法具の三鈷杵を投げ、その落ちた地こそが密教の根本道場にふさわしい地とされました。帰朝後、三鈷杵を探し求める弘法大師は、山中で白黒二匹の犬を連れた、不思議な狩人と出会います。
この狩人のすすめにより、弘法大師は二匹の犬の案内によって、天野の地へ導かれました。
柳沢明神の場所で弘法大師の前に丹生都比売神が現れ、先ほどの狩人が高野御子大神であることをあかすと、神領であった高野山をお授けになったのです。
かくして二匹の犬(ご神犬)に導かれ、高野山へと足を踏み入れた弘法大師は、松のこずえにかかる三鈷杵を目にされました。弘法大師は、丹生都比売大神と高野御子大神を畏れ敬い、高野山の鎮守の神、真言密教の守護神として、壇上伽藍へ御社(みやしろ)を築いてお祀りになられたのです。この伝承は、あらすじに多少の差異はありますが、高野山の創建縁起である「金剛峰寺建立修行縁起」をはじめ、「今昔物語」など多くの書物に記されています。』
(引用元:丹生都比売神社 公式サイト)
その伝説とは別に、空海が高野山を選んだ理由は、「深山の平地」(↓イメージ図)という地形が密教修行に最適だった、という説もありますが、丹生都比売が司っている水銀そのものにもあると、個人的に思います。
常温で液体状となり、様々な金属と合金になりやすいという変幻自在な性質が、昔の人々からは不思議に見え、西洋の錬金術や中国の錬丹術でも重要視され、中世ヨーロッパでは「賢者の石」の材料の一つであると考えられていました。中国では不老不死の効能があると信じられ、歴代の皇帝たち(特に唐代)は水銀などを原料とした「丹(たん)」を常用していたそうです(ただし、当然有毒なので逆に早死にする人たちが多かったようですが……)。
水銀の重要性はそれだけにとどまりません。空海よりも時代を遡った平城京(710~784)の時代、〝大仏さま〟で知られる東大寺盧舎那仏像は、現在こそ銅の錆である緑青色をしていますが、建立当時は金で覆われていたそうです。
当時、14.98メートルもの(身長160㎝の人間が9人分!)偉容を誇る仏像を5年かけて金ピカにしたのが、水銀を用いた「アマルガム法」という手法だったと言われています(※現在は禁止)。
「アマルガム」と呼ばれる水銀とほかの金属を混ぜた合金を表面に塗った後、水銀を火で炙って蒸発させ、金属を付着させる手法ですから水銀が不可欠でした。とは言っても巨大な仏像にこの「金アマルガム」を施すのは、それは大量の金(実際1㎏のインゴット58個分だったそうです)と同時に、水銀が必要だったでしょう。その後、都には「謎の病」が蔓延したそうで、原因は大仏建立に伴う銅が流出したという説もあれば、「水銀中毒説」もあるそうです……。
ともあれ、空海が、当時需要のある水銀鉱脈がある高野山を選んだからこそ、数多くの偉業を成し遂げただけでも偉大なのに、あの時代に多くの書物を記して後世まで自分の思想を伝える事が出来たのかもしれません。
◆人間味ある逸話
歴史上の人物とも接点を持つ女神ですが、そんな彼女にも少々〝やらかして〟しまった逸話があります。
神々が出雲にあつまる神無月(10月)の集会に、なんと寝過ごして遅刻してしまったそうです。落ち込む丹生都比売でしたが、人々が「笑え笑え」と慰めてくれたそうです。笑顔を取り戻した比売は、無事出雲へ出立したとか。
この出来事が由来となったのが、和歌山県の丹生神社(※丹生都比売神社とは別の神社)で毎年10月に行われる奇祭「笑い祭り」だそうです。
偉大な神様でも、時折人間と変わらない失敗をするのだと思える、微笑ましい逸話だと思います。個人的に、有名な「天岩戸開き」で岩戸に閉じこもったのに外で楽し気に笑う神々の雰囲気に釣られ出て来てしまった天照大御神に少し似ているなと感じました。
◆時代の変遷
水銀は、比較的浅い地下にある物質ですぐに枯渇してしまう為、丹生都比売神は後世に水の神、竜の神へと変じるか、水波能売(みずはのめ)の神という、これまた水の神へ信仰が変わってしまったそうです。まるで、時代が下るにつれ高い毒性が問題となっていき、水俣病を始めとした公害を引き起こし現代ではだんだんと使用目的が限られてしまうようになった、水銀そのもののように。
ですが、現在でも人々からの根強い信仰があり、明治時代に神仏分離によって高野山から独立しても、高野山からは多くの僧侶が参拝されるようです。
現代から見ると害をもたらした危険な物質でも、古代では様々な用途に使われ貢献し、歴史上の偉人たちとも関わりがあり様々な物語がある事を教えてくださる女神さまだと思いました。
参考資料の使い方に問題がありなおかつ重大な誤りがあり、関係者・子孫の方々が不快に感じたと思わしき面があれば、早々に削除いたします。
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参考文献・webページ
Wikipedia 各項目記事
Books Esoterica 43 「姫神の本 聖なるヒメと巫女の霊力」
新編日本古典文学全集35 今昔物語集① 小学館
F-FILES No.004 「図解 錬金術」草野 巧 著 新紀元社
祭りの事典 佐藤和彦 保田博通 編者 東京堂出版
Web記事 黄金を巡る旅(6) 眩いばかりの黄金の輝きを放っていた『東大寺の大仏』マイナビニュース 著 回遊舎
【G.column】奈良の大仏とめっき ジョー・プリンス竹下株式会社
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記事冒頭でも触れましたが、前回の投稿から数カ月も掛かってしまい申し訳ありませんでした。ぼちぼち投稿を続けようと思います。
自己満足の記事でも興味を持っていただければ幸いです。
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長文乱文、大変失礼いたしました。
Korufel