【連載小説】第125話 運命の出会い

【連載小説】第125話 運命の出会い

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2軒目の店を出そう。

そう決めてから、美月の頭の中は新しい店のことでいっぱいだった。

物件はほぼ決まった。

あとは、この店を任せる人を探さなければならない。

そんな時だった。

『クラブ 結』の常連客で、IT関係の仕事をしている棚橋さんから、思いがけない話が出た。

棚橋さんはいつも会社の部下を連れて店に来る人で、美月とは長い付き合いだった。

『ママ、ちょっと知り合いの女の子が2人いるんだけどさ。今、お店探してるみたいなんだ。紹介してもいいかな?』

『珍しいわね。棚橋さんがそんなこと言うなんて』

美月は笑った。

『今、結では募集してないんだけど……実はね、近いうちに2軒目を出そうと思ってるの』

『えっ、2軒目?』

棚橋さんは目を丸くした。

『ママ、すごいじゃないか。やり手だね』

『そんな大げさなものじゃないわよ。でも、そのお店を任せられるママ候補と、女の子を探しているところなの』

『なるほど。それなら話はちょうどいいかもしれないな』

『それで、その2人ってどんな子なの?』

『2人とも銀座の店で働いてたんだけど、そこが今月いっぱいで閉めることになってね。それで次の店を探してるんだ』

そこで棚橋さんは少し間を置いた。

『紗和ちゃんっていう子がいるんだけど、かなりお客さんを持ってるみたいだよ』

『えっ、本当?』

美月の瞳が一瞬輝いた。

『ぜひ紹介してほしいわ』

『もう1人は紬ちゃんっていう子で、紗和ちゃんのヘルプみたいな感じかな』

『そうなの』

『ただな……』

棚橋さんの声が少し低くなった。

『紗和ちゃん、いい子ではあるんだけど、ちょっとクセが強いんだよ』

『クセが強い?』

『まあ、かなり個性的っていうか……。まだ28歳なんだけど、相当頑張らないと言うことを聞いてくれないタイプかもしれない』

美月は少し考えた。

けれど、

「お客様をたくさん持っている」

その言葉が、ほかのすべてを打ち消してしまった。

『そうですか。でも、1軒任せるとなると、やっぱりある程度お客様を持っていて、しっかりした子のほうがいいものね』

『まあ、ここであれこれ言うより、一度会ってみたら?』

『そうね。棚橋さん、ぜひお願いします』

『分かった。2人の都合を聞いて連絡するよ』

そして最後に、棚橋さんは笑いながら言った。

『ただ……後で「ひどい子だったわ」なんて言わないでくれよ』

『あら、そんなこと言わないわよ』

美月も笑った。

けれど――

電話を切ったあと、なぜかその言葉だけが少し引っかかった。

棚橋さんは笑っていた。

けれど、その目は笑っていなかったような気がした。

それでも美月は、深く考えなかった。

むしろ、胸は期待で膨らんでいた。

お客様をたくさん持っているママ候補。

2軒目の店を始めるには、これ以上ない話のように思えた。

数日後。

棚橋さんから面接の日が決まったと連絡が入った。

美月は、どんな女性なのだろうと興味津々で待っていた。

そして、その夜。

『こんばんは』

最初に入ってきたのが紗和だった。

小柄で、まだ28歳という年齢の若さがあった。

けれど、その雰囲気には年齢以上の強さがあった。

物怖じする様子もなく、堂々としている。

その後ろから、紬が静かに入ってきた。

こちらは対照的に、穏やかで控えめな印象だった。

『今日は時間を作ってくれてありがとう。紗和ちゃんね?棚橋さんから聞いてるわよ。お客様をたくさん持っている、すごい女性だって』

『そんなことないですよ』

紗和は美月の顔を見ることもなく、足を組んだ。

『棚橋さんが大げさに言ってるだけじゃないかな。まあ……いないわけでもないけど』

そう言いながら、まるで自分の店でも見るように、店内をゆっくり見回している。

美月は、ほんの少し話しただけで、今まで会ったことのないタイプだと感じた。

正直に言えば、わずかな違和感もあった。

けれど、その違和感よりも、

「お客様を持っている」

という事実のほうが大きかった。

『紬ちゃんも今日はありがとう。紗和ちゃんとは長いお付き合いなの?』

『はい。もう3年くらいになります』

紬は、美月の目をまっすぐ見て話した。

『紗和ちゃんと一緒だと頼りになるし……守ってくれる感じがして。今回も一緒に働けたらと思って、棚橋さんにお願いしたんです』

その声は小さかった。

けれど、不思議な魅力があった。

男性なら、思わず応援したくなるような女性だった。

美月は一瞬、

――紗和ちゃんではなく、紬ちゃんだけ結に来てもらえないかしら。

そんなことまで考えた。

でも、今日は新しい店の話をするために会ったのだ。

気持ちを切り替えた。

『それでね、今日2人に来てもらったのは、このお店の募集じゃないの』

『はい?』

紗和が初めて、美月のほうをしっかり見た。

『実はもう1軒、新しいお店を出そうと思っているの。そのお店を任せるママを探しているのよ』

その瞬間だった。

紗和の表情が変わった。

『へえ……私にですか?』

『そう。まだ正式に契約したわけじゃないけど、ほとんど決まっているようなものよ』

『どんなお店なんですか?』

さっきまで椅子に深く座っていた紗和が、少し身を乗り出した。

『広さは今の結と同じくらい。カラオケも置いて、もう少しカジュアルな雰囲気のお店にしようと思っているの』

『いいじゃないですか』

紗和の目が輝いた。

『そのお店、見ることできます?』

『もちろん。正式に決まったら案内するわ』

『ぜひ見せてください』

『紬ちゃんも一緒にね』

『はい』

紬が小さく頷いた。

その時、美月は心の中で何度も迷った。

――紬ちゃんだけ、結で働いてもらえないかしら。

けれど、今は新しい店が先だった。

話は、怖いくらいにとんとん拍子に進んでいった。

物件が決まり、店の形が見え始め、人も見つかりそうになった。

美月は、ようやく2軒目の夢が現実になると思っていた。

あの時の美月には、それが幸運にしか見えなかった。

棚橋さんの言葉も。

紗和の違和感も。

そして、胸の奥に生まれた小さな引っかかりも。

すべて、新しい店への期待の中に埋もれていった。

人は、自分が望んでいるものが目の前に現れると、そこに隠れている危うさを見ようとしなくなる。

それが運命の扉なのか。

それとも――

自分で開けてしまった、人生の落とし穴なのか。

その時の美月には、まだ分からなかった。
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