【連載小説】第122話 知らされた開店

【連載小説】第122話 知らされた開店

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ショックを通り越して、
言葉さえ失うほどの出来事を知ったのは――。

それから、そう先のことではなかった。

その夜も『クラブ結』は、いつものように賑わっていた。

カウンターでは愛がグラスを洗い、女性たちの笑い声が店内に響いている。

美月も、いつものようにお客様の席を回っていた。

そんな時だった。

『ママも寛容だね』

斉藤が、何気ない口調で言った。

『え? 何のこと?』

美月には、何のことなのか分からなかった。

『蓉子ちゃんと奈津子ちゃんのことさ』

『あの2人がどうしたの?』

『えっ? ママ、知らないの?』

斉藤は不思議そうな顔をすると、バッグの中から一枚の封筒を取り出した。

『これ、見てよ』

『え?』

美月は差し出された封筒を受け取った。

そこには、見覚えのある2人の名前が並んでいた。

――蓉子。

そして。

――奈津子。

『これは……』

美月の指が止まった。

『そうだよ。あの2人がお店を出したのさ。ほら、連名になっているだろう?』

『うそ……』

それだけ言うのが精一杯だった。

頭の中が、一瞬真っ白になった。

蓉子が店を任されるという話は聞いていた。

だから、いつかどこかでママになるのだろうとは思っていた。

けれど――。

奈津子と一緒だったとは。

そんなことは、一度も聞いていない。

『ママ、本当に知らなかったのか?』

斉藤の声が聞こえる。

だが、美月にはその声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。

『なんてやつらだよ。ママにあれだけ世話になっていながら、案内状の一枚も寄こさないなんて』

『……』

『世の中には礼儀ってもんがあるだろう。俺は、そんな店には行くつもりないよ。ママ、安心しな』

古くから『結』に通ってくれている斉藤だった。

美月のことも、店のことも、ずっと見てきた。

だからこそ、余計に腹が立ったのだろう。

『ママ! 聞いてるのか?』

『あっ……ごめんなさい』

美月は、ようやく顔を上げた。

『私、ちょっとショックで……』

『そうだよな。二人とも、ママに何も言わずに辞めたのか?』

『いえ……蓉ちゃんは、お店を任されるって話は聞いていたの』

美月は、案内状を見つめたまま言った。

『でも……まさか奈津子と一緒だなんて』

『そんなの聞いてなかったのか?』

美月は黙って頷いた。

『酷い話だよ、まったく』

『そんなやつらの店なんか続くもんか』

斉藤はそう言った。

『少なくとも、お世話になったママのところには、最初に挨拶くらいするもんだろう。それを俺から聞くなんて……ママの立場も何もあったもんじゃない』

その言葉を聞いた瞬間だった。

美月の目から、涙がこぼれた。

『いいの……』

『え?』

『私がいけなかったのよ』

美月は小さな声で言った。

『そんなことも、ちゃんと教えてあげられなかったんだもの』

涙は、止まらなかった。

怒っているのか。

悲しいのか。

裏切られたと思っているのか。

自分でも、もう分からなかった。

『泣くなよ、ママ』

『ごめんなさい……』

『おい、しっかりしろよ』

『愛ちゃん……ここ、お願い』

そう言うと、美月は足早にお化粧室へ向かった。

鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。

こんなことで泣くなんて。

自分でも情けないと思った。

けれど――。

蓉子と奈津子。

2人の名前が並んだ案内状が、頭から離れなかった。

蓉子1人だったなら、美月はそこまで気にしなかったかもしれない。

銀座に来て、まだ1年ほど。

確かに美人ではあった。

けれど、アルバイト情報誌を見て銀座の世界に飛び込んできた、いわば初心者だった。

お客様をたくさん持っていたわけでもない。

『結』という一軒の店しか知らない。

そんな蓉子が、いきなり一軒の店を任されても――。

銀座は、そんなに甘い世界ではない。

そう思っていた。

むしろ心のどこかで、

そう簡単には続かないだろう。

そんなふうに思っていたのかもしれない。

だが――。

そこに奈津子がいるとなれば、話はまったく違ってくる。

奈津子には、お客様がいた。

経験もあった。

そして何より、彼女には人を惹きつける力があった。

奈津子が1人いるだけで、店の空気が変わる。

『結』で、それを誰よりも見てきたのは美月だった。

2人が一緒になればどうなるのか。

考えたくなくても、答えは見えていた。

『結』のお客様が流れるかもしれない。

いや――。

流れる可能性は、十分にあった。

美月はゆっくりと涙を拭いた。

鏡の中の自分を、じっと見つめる。

蓉子の独立は、もう美月の中では過ぎた話だった。

けれど今、初めて分かった。

あの2人が作った店は、

ただの新しい店ではない。

『クラブ結』にとって、初めて現れた脅威だった。

そして美月はまだ知らなかった。

美月のもう一つの月『club  LUNA』――

Club LUNAが、これから自分の人生にまったく別の出来事を運んでくることを。
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