【連載小説】第105話 運命という名の囁き

【連載小説】第105話 運命という名の囁き

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『もしもし、美月ちゃん。今、お店空いてる?』

『あら、由美ちゃん。久しぶりね。大丈夫よ。近くにいるの?』

『そう。今ビルの前なの。明日休みでしょう?今日は何だか真っ直ぐ帰りたくなくて……遊びに行ってもいいかな』

『もちろん。待ってるから、早くおいで』

電話を切ったあと、美月は少し気になった。

由美ちゃんが金曜日の夜にふらりと来るのは珍しい。

また何かあったのかもしれない。

以前も付き合っていた男性と別れるたびに、お店へ来ては朝まで飲み、笑って騒いで気持ちを切り替えていた。

それが由美ちゃんなりの前の向き方だった。

その夜は珍しく店が大勢のお客様で賑わっていた。

「今日はゆっくり話せないかもしれないな」

そう思っていると、由美ちゃんが店へ入ってきた。

いつもは落ち着いたスーツ姿が多いのに、その日は淡いピンクのシフォンワンピースに白いジャケット。

どこか晴れやかな雰囲気をまとっていた。

『由美ちゃん、いらっしゃい』

『あら、今日は大盛況ね。こんな日に来ちゃってごめんね』

『何言ってるの。ちょうど紹介したい人がいるの』

私は隣の席に座っていた男性へ視線を向けた。

『こちら、唐澤さん。今日初めて来てくださったの』

唐澤さんは知り合いのママから紹介されたお客様だった。

ワイシャツのボタンをラフに開けた気取らない装い。

どこか肩の力が抜けた雰囲気なのに、不思議と下品さは感じない。

柔らかな笑顔が印象的な男性だった。

『どうぞ。ママも忙しそうだし、俺でよければお相手しますよ』

そう言って微笑んだ瞬間だった。

由美ちゃんの表情が少し変わった。

甘いマスクと人懐っこい笑顔。

初対面とは思えないほど自然な空気が流れ始めていた。

『由美ちゃん、ごめんね。少し席を外すね』

私はそう言って他のお客様の席へ向かった。

『今日はママに相談があって来たんだけど……こんなに忙しいなんて思わなくて』

由美ちゃんは照れくさそうに笑った。

『私って、昔から間が悪いのかな』

唐澤は首を横に振った。

『本当にそう思う?』

『えっ?』

『俺は逆だと思うな』

『逆?』

『間が悪かったんじゃなくて、タイミングが良かったんだよ』

由美ちゃんは不思議そうな顔をした。

『だって、こうして俺の隣に座った』

少し笑って続けた。

『こういうのをシンクロニシティって言うんだ』

『シンクロ……何ですか?』

『偶然じゃなくて必然の出会いってこと』

由美ちゃんは小さく笑った。

『そんなことってあるのかしら』

『あると思うよ』

少し間を置いて唐澤は尋ねた。

『由美ちゃんって、自分のこと好き?』

突然の質問に由美ちゃんは戸惑った。

『どうして?』

『さっきから、自分を悪く言うから』

由美ちゃんは少し視線を落とした。

『私なんて、平凡で取り柄もないし』

唐澤は静かに首を振る。

『そんなふうに自分を決めつけちゃ駄目だよ』

『……』

『人はみんな、生まれてきただけで誰かを幸せにしてる』

その言葉に、由美ちゃんは幼い頃の話を思い出した。

『私ね、早産で未熟児だったの』

『そうなの?』

『しばらく保育器に入っていたらしいの。でも元気に育って、お母さんが1日中私の顔を見ていたって話してくれた』

『ほらね』

唐澤は優しく微笑んだ。

『その時点で、もう親孝行してるじゃないか』

由美ちゃんは思わず笑顔になった。

『それからね、名前も"由美"には意味があるの』

『聞かせて』

『本当は弓矢の"弓"からきてるの。しなやかに生きてほしいって願いを込めて付けてくれたんだって』

『いい名前だ』

唐澤はそう言って頷いた。

『もっと由美ちゃんのこと知りたいな』

『私のこと?』

『うん。結婚は?』

『ずっと独身』

『それは不思議だな』

少し照れながら由美ちゃんは笑う。

『縁がないだけ』

『じゃあ、これからは縁ができるかもしれない』

その言葉は、不思議なくらい自然に胸へ入ってきた。

『ねえ』

唐澤が静かに言った。

『今日という日を、特別な日にしたい』

『特別?』

『人って最初に出会った日は、一生忘れないものだから』

由美ちゃんはしばらく黙っていた。

そして、小さく頷いた。

『私も……今日の出会いは偶然じゃない気がする』

唐澤は嬉しそうに笑った。

『唐澤さんじゃなくて、宙って呼んでよ』

『宙?』

『宇宙の宙って書いてヒロシ』

『素敵なお名前ね』

『子どもの頃はチューちゃんって呼ばれて嫌だったけどね』

二人は顔を見合わせて笑った。

気づけば時間はあっという間に過ぎていた。

その夜、二人は店をあとにした。

少し前まで篠原さんとのことで心が揺れていた由美ちゃん。

その隙間に現れた唐澤という男性は、あまりにも自然で、あまりにも優しかった。

由美ちゃんは、その笑顔の奥にある本当の姿を、まだ知る由もなかった。
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