【連載小説】第101話 揺れる心、その先へ

【連載小説】第101話 揺れる心、その先へ

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銀座の街に、涼しげな風鈴の音が響き始めた。

浴衣姿の女性たちが行き交い、街は少しずつ夏祭りの装いへと変わっていく。

クラブ結でも恒例の夏祭りに向けて準備が始まっていた。

浅草へ半纏を買いに行き、日暮里で駄菓子を探し、案内状や暑中見舞いを作る。

気がつけば、一日があっという間に終わる毎日だった。

そんな忙しさの中で、香奈ちゃんのことはいつも心の片隅にあった。

検査入院すると聞いて以来、連絡はない。

「電話をしよう」

そう思いながらも時間だけが過ぎ、気づけば数週間が経っていた。

店は開店から半年。

少しずつ常連のお客様も増え、深夜になると他店のホステスさんたちがアフターで立ち寄ってくれるようになった。

順調と言えば順調だった。

けれど、私の心はどこか満たされていなかった。

女の子たちはみんな真面目で、一生懸命だった。

接客も悪くない。

それでも、何かが足りない。

そんなある夜だった。

常連の渡辺さんが、一人の女の子を連れて来店した。

奈津子ちゃんというその子が店へ入った瞬間、不思議なくらい空気が変わった。

店中の視線が、一斉に彼女へ集まる。

明るい笑い声。

飾らない笑顔。

その場にいる誰もが自然と引き込まれていた。

美月は胸が高鳴った。

『この子だ』

理由なんて説明できない。

ただ直感だった。

美月が探し続けていたのは、この子かもしれない。

そう思った。

けれど、お客様に連れられて来た女性へ声を掛けるのは、この世界では暗黙のルールに反する。

その夜は結局、何も言えないまま奈津子ちゃんは帰っていった。

それでも諦めきれなかった。

数日後、私は意を決して渡辺さんへ電話をかけた。

『もしもし、渡辺さん。お仕事中でしたらすみません』

『おっ、ママ。珍しいね。どうした?』

『実は……お願いがあって』

少しためらいながら切り出した。

『この前、ご一緒だった奈津子ちゃんですが、もしご本人が嫌でなければ、一度お会いできないでしょうか』

電話の向こうで渡辺さんが笑った。

『いやあ、驚いたな』

美月は思わず身構えた。

『実はね、奈津子ちゃん、今のお店を辞めようか悩んでいて、新しい店を探してるって相談されたばかりなんだよ』

『本当ですか?』

思わず声が弾んだ。

『じゃあ、ママの電話番号を教えておくよ』

『ありがとうございます。本当にありがとうございます』

電話を切った瞬間、胸がいっぱいになった。

人との縁とは、不思議なものだ。

まだ何も始まっていないのに、私は奈津子ちゃんがお店へ来てくれるような気がしていた。

すると間もなく電話が鳴った。

美月は思わず受話器を取った。

「奈津子ちゃんかしら」

そう思った。

けれど、聞こえてきたのは、力なく沈んだ香奈ちゃんの声だった。

『美月ちゃん……電話しなくて、ごめんね』

『香奈ちゃん!私も電話しようと思っていたの。体調はどう?』

しばらく沈黙が続いた。

そして、小さな声で言った。

『病名が分かったの』

胸が締めつけられた。

『やっぱり病気だったの?』

『うん……少しやっかいな病気みたい』

『今どこにいるの?すぐ行くわ』

『来ないで』

その返事は、あまりにも静かだった。

『今は一人でいたいの』

『でも……』

『お願い』

その一言だけだった。

電話は静かに切れた。

美月は受話器を握ったまま、しばらく動くことができなかった。

あの沈んだ声だけが、耳に残っていた。

香奈ちゃんは、どれほど不安だったのだろう。

もっと早く連絡していれば。

もっと話を聞いてあげていたら。

そんな思いが胸をよぎる。

それでも美月は、お店を止めることはできなかった。

経営者として、前へ進まなければならない。

店を守ることは、そこで働く女の子たちの生活を守ることでもある。

香奈ちゃんへの心配と、お店への責任。

二つの思いが胸の中で揺れ続けていた。

そして翌日。

奈津子ちゃんとの面接の日がやって来る。

この出会いが、クラブ結の未来を大きく変えることになるとは、その時の美月はまだ知らなかった。
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