【連載小説】第84話 遠くなった心、戻った笑顔

【連載小説】第84話 遠くなった心、戻った笑顔

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当時、住まいが近かったこともあり、美月と妙ちゃんは毎日のように一緒に帰っていた。

休日になれば、どちらかの部屋でご飯を作り、おしゃべりをしながら夜更かしをする。

妙ちゃんは年下で、どこか妹のような存在だった。

仕事の愚痴や将来への不安を話し合い、励まし合う時間は、慌ただしい東京での暮らしの中で唯一心が安らぐひとときだった。

そんな妙ちゃんが、ある日を境に少しずつ変わり始めた。

『今日は用事があるから、一緒に帰れないの。ごめんね』

『ううん、気にしないで』

そう答えたものの、妙ちゃんは美月の顔を見ることもなく足早に帰って行った。

金曜日といえば、二人で近所の二十四時間営業のファミリーレストランへ行き、朝まで笑いながら話し込むのがいつもの楽しみだった。

それが突然なくなった。

たったそれだけのことなのに、胸の中にぽっかり穴が開いたような寂しさを覚えた。

数日後、思い切って聞いてみた。

『ねえ、妙ちゃん。最近何かあった?』

『ううん。何もないよ。どうして?』

『そう……ならいいの。ごめんね』

妙ちゃんは笑って答えた。

けれど、その笑顔はどこか以前とは違って見えた。

それに気づけば、新しいスーツや宝石を身につけることが多くなっていた。

銀座でも憧れと言われる高級ブティックの服。

妙ちゃんのお給料だけで買えるものではないことは、私にも分かっていた。

それでも美月は聞かなかった。

話したくないことまで聞くのは違うと思ったからだ。

その遠慮が、いつしか二人の距離を少しずつ広げていた。

同じ店で働いているのに、一緒に帰ることも少なくなった。

美月は寂しかった。

でも、人には人の事情がある。

そう自分に言い聞かせるしかなかった。

それから数か月後のある夜、珍しく妙ちゃんから電話がかかってきた。

『もしもし、今大丈夫?』

『もちろん。どうしたの?』

『最近、美月ちゃんとあまり話さなくなったなって思って』

『忙しそうだったから、邪魔しちゃ悪いかなって』

電話の向こうで妙ちゃんが小さく笑った。

『美月ちゃんって、そういうところあるよね。相手の気持ちを考えすぎちゃうの』

『そうかな』

『でもね、聞いてほしい時もあるんだよ。"どうしたの?"って』

その一言に、美月は胸が痛くなった。

気遣っていたつもりだった。

でも、その遠慮が妙ちゃんを寂しい思いにさせていたのだ。

『ごめんね』

『ううん。だから今日電話したの』

しばらく沈黙が続いたあと、妙ちゃんはぽつりと言った。

『私、最近リッチになったと思わない?』

『正直、少し驚いてた』

『自分で買えるわけないじゃない』

妙ちゃんは苦笑した。

『ある社長さんに出会ったの。すごくお金持ちで、私のことを大切にしてくれる』

『そう……いい人なの?』

『いい人だよ。でも独身じゃない』

その言葉に私は何も返せなかった。

『最初は嫌だった。でも誘われてホテルへ行った帰りに十万円渡されて、好きなものを買いなさいって言われたの』

静かな声だった。

『それから何度か会うようになった。でもね……やっぱり嫌なの』

『嫌なら、どうして続けるの?』

『自分でも分からないの。やめたい自分と、お金に頼ってしまう自分がいるの』

美月は少し考えてから答えた。

『心の中で二人の自分がいるのかもしれないね。一人は"もうやめよう"って言っていて、もう一人は"このままでいい"って言っている』

『でも、このままじゃ駄目だよね』

『私はそう思うよ。お金は人を楽しませてくれることもある。でも、心まで幸せにしてくれるとは限らないから』

しばらく沈黙が続いた。

『別れようかな……』

『そのほうが妙ちゃんらしいと思う』

『ありがとう。少し考えてみる』

それだけ言うと、妙ちゃんは電話を切った。

それからしばらくして、妙ちゃんは社長さんと別れたと話してくれた。

理由は聞かなかった。

妙ちゃんが自分で決めたことなら、それで十分だった。

気がつけば、以前のように仕事帰りは二人で歩き、休日にはどちらかの部屋で食事を作り、他愛もない話をして笑い合う毎日に戻っていた。

あの頃の美月は、その時間がいつまでも続くものだと信じていた。

人生は、ある日突然変わる。

そのことを、この時の美月はまだ知らなかった。

それから数年後の土曜日の夜。

美月の部屋で妙ちゃんとすき焼きを囲み、お笑い番組を見ながら笑っていた。

何気ない、幸せな時間だった。

そんな時、いきなり電話が鳴った。

『もしもし』

『私だけど』

『あっ……ママですか。こんばんは』

その一本の電話が、再び美月の運命を大きく動かすことになる。

そう、運命は突如として方向転換したのだ。
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