【連載小説】第64話 恋が消えた朝

【連載小説】第64話 恋が消えた朝

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美月が東京へ来た本当の理由。

それは銀座で働くことでも、
成功することでもなかった。

高坂との長い遠距離恋愛に、
答えを出したかったのだ。

このまま待ち続けるのか。

それとも未来へ進むのか。

その答えが欲しかった。

だから高坂の家の近くへ引っ越した。

会いたい時に会える距離。

これからは二人で同じ時間を過ごせる。

そう信じていた。

けれど現実は違った。

高坂は忙しいの一点張り。

会いたいと言っても仕事。

電話をしても仕事。

約束をしても仕事。

美月の胸には少しずつ違和感が積もっていった。

そしてある深夜。

どうしても眠れず電話をかけた。

『もしもし?』

聞いたことのない女性の声だった。

美月の時間が止まった。

『えっ?高坂さんの電話よね?』

『そうだけど』

『あんた誰よ?』

『そっちこそ誰なの?』

頭の中が真っ白になった。

気づけばコートも着ずに部屋を飛び出していた。

高坂の家の前。

何度もチャイムを押した。

返事はない。

ドアを叩いた。

それでも出てこない。

怒りと悲しみで理性が吹き飛んでいた。

『高坂!出てきなさいよ!』

何度目かの叫びの後、

カチャ――

ドアが開いた。

そこに立っていた高坂の顔は、
今まで見たことがないほど青ざめていた。

その顔を見た瞬間、

何かが終わった。

『悪かった・・・』

高坂はそれだけ言った。

言い訳もなかった。

弁解もなかった。

ただ、その一言だけだった。

美月はどうやって自宅へ帰ったのか覚えていない。

震えだけが止まらなかった。

翌日。

一本の電話が入った。

『昨日電話に出た純子です』

美月は一瞬で怒りが込み上げた。

『何の用?』

『一度会ってくれませんか』

断ろうと思った。

でも会わなければ気が済まなかった。

指定された店へ向かい、

そして美月は驚いた。

純子は自分によく似ていた。

顔立ちも。

雰囲気も。

笑い方まで。

まるで鏡を見ているようだった。

純子もまた同じように驚いていた。

その瞬間だった。

不思議なことに、

怒りが消えた。

高坂を奪った女。

そう思っていた相手が、

どこか他人に思えなかった。

二人は向かい合い、

気づけば朝まで話し込んでいた。

純子もまた高坂に違和感を抱いていた。

美月に話したこと。

純子に話したこと。

二人の間を行き来する無数の嘘。

ひとつひとつが明らかになっていった。

そして夜が明ける頃、

二人の結論は同じだった。

もう終わりにしよう。

高坂から離れよう。

純子はバッグから鍵を取り出した。

高坂の部屋の鍵だった。

美月はその鍵を持っていない。

それだけで十分だった。

朝方。

二人は高坂の部屋へ向かった。

寝室のドアを開ける。

高坂は黙ったままベッドに座っていた。

純子は鍵を放り投げた。

鍵は床の上で乾いた音を立てた。

『もう私たちは、あんたのおもちゃじゃないから』

高坂は何も言わなかった。

振り返ることもしなかった。

言葉はもう必要なかった。

美月も何も言わなかった。

不思議と涙も出なかった。

あれほど好きだったのに。

あれほど会いたかったのに。

恋は裏切りで終わったのではない。

真実を知った瞬間、

静かに消えてしまったのだ。

窓の外では朝日が昇り始めていた。

長い恋の終わりを告げるように。

こうして美月の長い恋は終わった。

だが、心はそんなに器用ではなかった。

その後も高坂から何度も電話が鳴った。

けれど美月は一度も出なかった。

出たらまた元に戻ってしまう。

そんな気がしたからだ。

ご飯も喉を通らない。

誰とも話したくない。

休日はカーテンを閉めたまま部屋に閉じこもった。

東京へ来たことさえ間違いだったのではないか。

故郷へ帰ろうか。

何度もそう考えた。

けれど引っ越しのために使ったお金は決して小さくなかった。

それに何より、帰ったところで何が変わるのだろう。

そう思うと動けなかった。

だから美月は決めた。

もう少しだけ東京にいてみようと。

その決断が、

やがて人生を大きく変えることになるとは、

まだ知る由もなかった。
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