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【連載小説】第64話 恋が消えた朝
記事
小説
☆夢子☆銀座30年相談室
2026/05/29 22:44
美月が東京へ来た本当の理由。
それは銀座で働くことでも、
成功することでもなかった。
高坂との長い遠距離恋愛に、
答えを出したかったのだ。
このまま待ち続けるのか。
それとも未来へ進むのか。
その答えが欲しかった。
だから高坂の家の近くへ引っ越した。
会いたい時に会える距離。
これからは二人で同じ時間を過ごせる。
そう信じていた。
けれど現実は違った。
高坂は忙しいの一点張り。
会いたいと言っても仕事。
電話をしても仕事。
約束をしても仕事。
美月の胸には少しずつ違和感が積もっていった。
そしてある深夜。
どうしても眠れず電話をかけた。
『もしもし?』
聞いたことのない女性の声だった。
美月の時間が止まった。
『えっ?高坂さんの電話よね?』
『そうだけど』
『あんた誰よ?』
『そっちこそ誰なの?』
頭の中が真っ白になった。
気づけばコートも着ずに部屋を飛び出していた。
高坂の家の前。
何度もチャイムを押した。
返事はない。
ドアを叩いた。
それでも出てこない。
怒りと悲しみで理性が吹き飛んでいた。
『高坂!出てきなさいよ!』
何度目かの叫びの後、
カチャ――
ドアが開いた。
そこに立っていた高坂の顔は、
今まで見たことがないほど青ざめていた。
その顔を見た瞬間、
何かが終わった。
『悪かった・・・』
高坂はそれだけ言った。
言い訳もなかった。
弁解もなかった。
ただ、その一言だけだった。
美月はどうやって自宅へ帰ったのか覚えていない。
震えだけが止まらなかった。
翌日。
一本の電話が入った。
『昨日電話に出た純子です』
美月は一瞬で怒りが込み上げた。
『何の用?』
『一度会ってくれませんか』
断ろうと思った。
でも会わなければ気が済まなかった。
指定された店へ向かい、
そして美月は驚いた。
純子は自分によく似ていた。
顔立ちも。
雰囲気も。
笑い方まで。
まるで鏡を見ているようだった。
純子もまた同じように驚いていた。
その瞬間だった。
不思議なことに、
怒りが消えた。
高坂を奪った女。
そう思っていた相手が、
どこか他人に思えなかった。
二人は向かい合い、
気づけば朝まで話し込んでいた。
純子もまた高坂に違和感を抱いていた。
美月に話したこと。
純子に話したこと。
二人の間を行き来する無数の嘘。
ひとつひとつが明らかになっていった。
そして夜が明ける頃、
二人の結論は同じだった。
もう終わりにしよう。
高坂から離れよう。
純子はバッグから鍵を取り出した。
高坂の部屋の鍵だった。
美月はその鍵を持っていない。
それだけで十分だった。
朝方。
二人は高坂の部屋へ向かった。
寝室のドアを開ける。
高坂は黙ったままベッドに座っていた。
純子は鍵を放り投げた。
鍵は床の上で乾いた音を立てた。
『もう私たちは、あんたのおもちゃじゃないから』
高坂は何も言わなかった。
振り返ることもしなかった。
言葉はもう必要なかった。
美月も何も言わなかった。
不思議と涙も出なかった。
あれほど好きだったのに。
あれほど会いたかったのに。
恋は裏切りで終わったのではない。
真実を知った瞬間、
静かに消えてしまったのだ。
窓の外では朝日が昇り始めていた。
長い恋の終わりを告げるように。
こうして美月の長い恋は終わった。
だが、心はそんなに器用ではなかった。
その後も高坂から何度も電話が鳴った。
けれど美月は一度も出なかった。
出たらまた元に戻ってしまう。
そんな気がしたからだ。
ご飯も喉を通らない。
誰とも話したくない。
休日はカーテンを閉めたまま部屋に閉じこもった。
東京へ来たことさえ間違いだったのではないか。
故郷へ帰ろうか。
何度もそう考えた。
けれど引っ越しのために使ったお金は決して小さくなかった。
それに何より、帰ったところで何が変わるのだろう。
そう思うと動けなかった。
だから美月は決めた。
もう少しだけ東京にいてみようと。
その決断が、
やがて人生を大きく変えることになるとは、
まだ知る由もなかった。
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