銀座へ来てから一週間。
美月は毎日、
まるで透明人間になったような気持ちで店に立っていた。
誰にも嫌われている訳ではない。
でも、誰にも気づかれない。
それがこんなにも苦しいとは思わなかった。
店では今日も、
華やかな女性達が笑っている。
着物姿の女達は皆、美しく、
堂々としていた。
お客様との会話も流れるようだった。
政治、経済、芸能、野球。
どんな話題でも自然に入り込み、
絶妙な間で笑わせる。
――すごい…。
美月はただ圧倒されていた。
その一方で、自分は席の隅で下を向き、
ピーナツの殻ばかり剥いていた。
何を話していいのか分からない。
何か言えば場違いになる気がした。
銀座へ来たことは、
間違いだったのだろうか。
そんな思いばかりが膨らんでいった。
ある雨の夜。
どうしてもバークレーのママの声が聞きたくなった。
まだ部屋には電話がなく、
美月は深夜の雨の中、公衆電話まで走った。
『もしもし、おかあさん…』
『あら美月ちゃん!どう?銀座は』
その声を聞いた瞬間だった。
堰を切ったように涙が溢れた。
『帰りたい…。私、銀座向いてない…。』
『何言ってるの!まだ一週間でしょう!』
ママの声が急に強くなった。
『どうして無視されてると思う?
物事には原因があるの。
美月ちゃん、もっと根性あると思ってたわ』
『……』
『帰るのなんていつでも帰れるでしょう。
だったら、ちゃんと見なさい。
周りを』
その言葉に、美月はハッとした。
そうだ。
私はただ、
“頑張ってるつもり”
だっただけかもしれない。
翌日から、美月は店の女性達を観察した。
誰一人、下を向いていない。
みんな、
「私はここにいる」
と全身で伝えていた。
銀座では、
黙っている女は存在しないのと同じだった。
そんなある日。
石川県出身の麻美という先輩のお客様の席で、
地元のデパートの話になった。
美月には話が分からなかった。
でも、
会話が少し途切れた瞬間――
『あの…うちの田舎にもデパートあります』
恐る恐る口を挟んだ。
『へぇ、何て名前?』
『ユニー!』
席が静まった。
『……それ、スーパーじゃない?』
『違います!デパートです!』
『どうして?』
『だってエスカレーターあるから…』
訛り混じりのその一言で、
席が爆発した。
みんな涙を流して笑っている。
美月は最初、
何がおかしいのか分からなかった。
でも。
『面白い子だなぁ。名前なんていうの?』
その言葉を聞いた瞬間、
胸が熱くなった。
『み、美月です!よろしくお願いします!』
また笑いが起きた。
でも今度は、
美月も一緒に笑っていた。
銀座へ来て初めて、
自分が“ここに居ていい”と思えた夜だった。