【連載小説】第63話 名前を呼ばれた夜

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銀座へ来てから一週間。

美月は毎日、
まるで透明人間になったような気持ちで店に立っていた。

誰にも嫌われている訳ではない。

でも、誰にも気づかれない。

それがこんなにも苦しいとは思わなかった。

店では今日も、
華やかな女性達が笑っている。

着物姿の女達は皆、美しく、
堂々としていた。

お客様との会話も流れるようだった。

政治、経済、芸能、野球。

どんな話題でも自然に入り込み、
絶妙な間で笑わせる。

――すごい…。

美月はただ圧倒されていた。

その一方で、自分は席の隅で下を向き、
ピーナツの殻ばかり剥いていた。

何を話していいのか分からない。

何か言えば場違いになる気がした。

銀座へ来たことは、
間違いだったのだろうか。

そんな思いばかりが膨らんでいった。

ある雨の夜。

どうしてもバークレーのママの声が聞きたくなった。

まだ部屋には電話がなく、
美月は深夜の雨の中、公衆電話まで走った。

『もしもし、おかあさん…』

『あら美月ちゃん!どう?銀座は』

その声を聞いた瞬間だった。

堰を切ったように涙が溢れた。

『帰りたい…。私、銀座向いてない…。』

『何言ってるの!まだ一週間でしょう!』

ママの声が急に強くなった。

『どうして無視されてると思う?
物事には原因があるの。
美月ちゃん、もっと根性あると思ってたわ』

『……』

『帰るのなんていつでも帰れるでしょう。
だったら、ちゃんと見なさい。
周りを』

その言葉に、美月はハッとした。

そうだ。

私はただ、
“頑張ってるつもり”
だっただけかもしれない。

翌日から、美月は店の女性達を観察した。

誰一人、下を向いていない。

みんな、
「私はここにいる」
と全身で伝えていた。

銀座では、
黙っている女は存在しないのと同じだった。

そんなある日。

石川県出身の麻美という先輩のお客様の席で、
地元のデパートの話になった。

美月には話が分からなかった。

でも、
会話が少し途切れた瞬間――

『あの…うちの田舎にもデパートあります』

恐る恐る口を挟んだ。

『へぇ、何て名前?』

『ユニー!』

席が静まった。

『……それ、スーパーじゃない?』

『違います!デパートです!』

『どうして?』

『だってエスカレーターあるから…』

訛り混じりのその一言で、
席が爆発した。

みんな涙を流して笑っている。

美月は最初、
何がおかしいのか分からなかった。

でも。

『面白い子だなぁ。名前なんていうの?』

その言葉を聞いた瞬間、
胸が熱くなった。

『み、美月です!よろしくお願いします!』

また笑いが起きた。

でも今度は、
美月も一緒に笑っていた。

銀座へ来て初めて、
自分が“ここに居ていい”と思えた夜だった。
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