【連載小説】第59話 銀座の女

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とうとうその日が来た。

あの雑誌で見た、
“銀座のママ”に会う日。

私は朝から落ち着かなかった。

クローゼットを何度も開けて、
一番お気に入りのワンピースを選び、
鏡の前で何度も髪を整えた。

アイラインを引く手が震える。

口紅の蓋が見つからない。

イヤリングも片方しかない。

まるで初舞台を迎える新人女優みたいだった。

私は昔から楽天家な性格なのに、
あの日ばかりは違った。

怖かったのだ。

もし、
「あなた銀座には向いてないわ」
そう言われたらどうしよう。

その瞬間、
すべてが終わる気がしていた。

その時、
電話が鳴った。

『もしもし』

『おはよう。今、下に着いたよ』

川崎先生だった。

『えっ!?』

時計を見ると、
予定よりかなり早い。

『先生ちょっと待って!
まだ支度が!』

私は慌てて鏡に向かった。

東京へ向かう高速道路は、
不思議なくらい空が青かった。

『大丈夫か?』

『もう昨日から緊張しっぱなし』

『取って食われる訳じゃないんだから』

先生は笑っていたけれど、
どこか落ち着かない様子だった。

それもそうだ。

自分の姉に、
一人の女の子の人生を預けるようなものなのだから。

『でも今日は、
美月ちゃんの人生が変わる日かもしれないな』

その言葉に、
胸がぎゅっと締めつけられた。

東京。

そして銀座。

私にとっては、
テレビの中の世界みたいな場所だった。

やがて、
東京でも有名な『Tホテル』へ到着した。

重厚なロビー。

磨き上げられた大理石。

静かなラウンジ。

歩いている人たちまで、
地方とは空気が違う。

私は完全に圧倒されていた。

『先生どうしよう。
また心臓バクバクしてきた』

『だから大丈夫だって』

そう言って先生は笑った。

『おお、お待たせ』

その声に振り返った瞬間、
私は息を呑んだ。

そこにいたのは、
雑誌で見たあの女性だった。

派手ではない。

ベージュのシルクのブラウスに、
シンプルなスカート。

なのに。

空気が違う。

その場の景色ごと変わるような存在感。

“銀座の女”

という言葉が、
ぴったりだった。

『じゃ少し借りるわね』

そう言うと、
川崎先生は静かに席を外した。

『初めまして。
川崎の姉の雅子です』

『は、はい…』

うまく声が出ない。

緊張で喉が渇く。

雅子ママはそんな私を見て、
少しだけ微笑んだ。

『弟から聞いたわ。
地元で人気者なんですって?』

『い、いえ…
先生が大げさに』

『ふふっ』

その笑い方すら上品だった。

『それで?
どうして銀座へ来たいの?』

その瞬間、
空気が変わった。

優しいのに、
鋭い。

人を見抜く目。

私は思わず背筋を伸ばした。

『この仕事を始めた時から、
いつか銀座で働いてみたいと思ってました』

『銀座は甘くないわよ』

『はい』

『地方とは比べものにならないくらい厳しい。
女の嫉妬も、競争も、プライドも全部桁違い』

雅子ママは静かに言った。

『それでも来たい?』

私は、
少しだけ震えながら頷いた。

『はい』

その時だった。

雅子ママの表情が、
ふっと柔らかくなった。

『いつから来れるの?』

『えっ…』

『だから採用よ』

『えっ、働いていいんですか?』

『あの堅物の弟が、
そこまでして紹介するなんて初めてなの。
それにあなた、
まだ原石だけど面白いもの持ってるわ』

『よろしくお願いします!私、頑張ります!』

すると雅子ママは笑った。

『銀座ではね、“頑張る”ってあまり言わないの』

『え?』

『我を張るって意味にも聞こえるから。
“楽しみます”のほうがいいわね』

『じゃ…楽しみます!』

『そうそう』

雅子ママは優しく頷いた。

『あと言葉遣い。
“働いていいんですか?”じゃなくて
“働かせていただけますか?”ね』

『あっ…』

『銀座は言葉も商品なの』

私はただ、
圧倒されていた。

怖い。

でも不思議と、
逃げたいとは思わなかった。

むしろ――。

この人について行きたい。

そう思った。

気づけば、
私の人生はもう、
銀座へ向かって動き始めていた。
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