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【連載小説】第59話 銀座の女
記事
小説
☆夢子☆銀座30年相談室
2026/05/12 01:24
とうとうその日が来た。
あの雑誌で見た、
“銀座のママ”に会う日。
私は朝から落ち着かなかった。
クローゼットを何度も開けて、
一番お気に入りのワンピースを選び、
鏡の前で何度も髪を整えた。
アイラインを引く手が震える。
口紅の蓋が見つからない。
イヤリングも片方しかない。
まるで初舞台を迎える新人女優みたいだった。
私は昔から楽天家な性格なのに、
あの日ばかりは違った。
怖かったのだ。
もし、
「あなた銀座には向いてないわ」
そう言われたらどうしよう。
その瞬間、
すべてが終わる気がしていた。
その時、
電話が鳴った。
『もしもし』
『おはよう。今、下に着いたよ』
川崎先生だった。
『えっ!?』
時計を見ると、
予定よりかなり早い。
『先生ちょっと待って!
まだ支度が!』
私は慌てて鏡に向かった。
東京へ向かう高速道路は、
不思議なくらい空が青かった。
『大丈夫か?』
『もう昨日から緊張しっぱなし』
『取って食われる訳じゃないんだから』
先生は笑っていたけれど、
どこか落ち着かない様子だった。
それもそうだ。
自分の姉に、
一人の女の子の人生を預けるようなものなのだから。
『でも今日は、
美月ちゃんの人生が変わる日かもしれないな』
その言葉に、
胸がぎゅっと締めつけられた。
東京。
そして銀座。
私にとっては、
テレビの中の世界みたいな場所だった。
やがて、
東京でも有名な『Tホテル』へ到着した。
重厚なロビー。
磨き上げられた大理石。
静かなラウンジ。
歩いている人たちまで、
地方とは空気が違う。
私は完全に圧倒されていた。
『先生どうしよう。
また心臓バクバクしてきた』
『だから大丈夫だって』
そう言って先生は笑った。
『おお、お待たせ』
その声に振り返った瞬間、
私は息を呑んだ。
そこにいたのは、
雑誌で見たあの女性だった。
派手ではない。
ベージュのシルクのブラウスに、
シンプルなスカート。
なのに。
空気が違う。
その場の景色ごと変わるような存在感。
“銀座の女”
という言葉が、
ぴったりだった。
『じゃ少し借りるわね』
そう言うと、
川崎先生は静かに席を外した。
『初めまして。
川崎の姉の雅子です』
『は、はい…』
うまく声が出ない。
緊張で喉が渇く。
雅子ママはそんな私を見て、
少しだけ微笑んだ。
『弟から聞いたわ。
地元で人気者なんですって?』
『い、いえ…
先生が大げさに』
『ふふっ』
その笑い方すら上品だった。
『それで?
どうして銀座へ来たいの?』
その瞬間、
空気が変わった。
優しいのに、
鋭い。
人を見抜く目。
私は思わず背筋を伸ばした。
『この仕事を始めた時から、
いつか銀座で働いてみたいと思ってました』
『銀座は甘くないわよ』
『はい』
『地方とは比べものにならないくらい厳しい。
女の嫉妬も、競争も、プライドも全部桁違い』
雅子ママは静かに言った。
『それでも来たい?』
私は、
少しだけ震えながら頷いた。
『はい』
その時だった。
雅子ママの表情が、
ふっと柔らかくなった。
『いつから来れるの?』
『えっ…』
『だから採用よ』
『えっ、働いていいんですか?』
『あの堅物の弟が、
そこまでして紹介するなんて初めてなの。
それにあなた、
まだ原石だけど面白いもの持ってるわ』
『よろしくお願いします!私、頑張ります!』
すると雅子ママは笑った。
『銀座ではね、“頑張る”ってあまり言わないの』
『え?』
『我を張るって意味にも聞こえるから。
“楽しみます”のほうがいいわね』
『じゃ…楽しみます!』
『そうそう』
雅子ママは優しく頷いた。
『あと言葉遣い。
“働いていいんですか?”じゃなくて
“働かせていただけますか?”ね』
『あっ…』
『銀座は言葉も商品なの』
私はただ、
圧倒されていた。
怖い。
でも不思議と、
逃げたいとは思わなかった。
むしろ――。
この人について行きたい。
そう思った。
気づけば、
私の人生はもう、
銀座へ向かって動き始めていた。
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#銀座の裏側
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#連載小説
#女の生き様
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