【連載小説】第34話 夜の代償

【連載小説】第34話 夜の代償

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そこは、美月が勤める麗子ママの自宅だった。

地方とは思えないほど瀟洒な一戸建て。
外から見れば、何不自由ない暮らしに見える。

麗子ママの夫は実業家だった。
だが、その実態を知る者は少ない。

二人の間には二十歳の年の差があり、
再婚だという噂もあった。

そして、
麗子ママには、もう一つの過去があった。

銀座でナンバーワンと呼ばれた女。
だが、ある出来事をきっかけに
この街へと移り住んだのだという。
逃げるように。

その夜、
すべてが静かに崩れ始めた。

寝る前の、わずかな時間。

『今夜はどうだった?』
『まあまあね』
『最近、売上が落ちているんだろう。
新しい子を入れた方がいいんじゃないか』
『あなた——お店のことには口を出さない約束でしょ』
麗子ママの声には、はっきりとした苛立ちが滲んでいた。

——ドンドンドン。
チャイムではない。
扉を叩きつけるような音だった。

『こんな時間に、誰……?』

『どなたですか?』

沈黙。

『どちらさまですか?』

『……社長!社長いますか!』

空気が、一瞬で変わった。

ドアを開けたその瞬間、
そこには、ずぶ濡れの若い女が立っていた。

髪は乱れ、目は血走り、
まるで鬼のような形相だった。

『もう……私、我慢できないんです』
『あなた、誰なの?』
『社長の……』

その言葉を聞いた瞬間、
麗子ママの表情が変わった。

すべてを悟った顔だった。

『返してください』
『は?何を言ってるの?』
『あの人を、私に返して』
静かだった夜が、音を立てて壊れていく。

『いい加減にしなさい!』
麗子ママの声が鋭く響いた。
『うちの人は“物”じゃないの。
あなたに渡すものなんて何もないわ』

そして、
麗子ママは手にしていたタバコを投げつけ、
力づくで女を外へ突き飛ばした。

次の瞬間だった。

——ガシャーン!!
ガラスの割れる音が夜に響く。

女は、拳で窓を叩き割っていた。

血が、溢れ出す。
一瞬で、玄関は赤く染まった。

『救急車だ!早く!』
ようやく現れた夫は、
状況を理解できないまま立ち尽くしていた。

『社長……私のところへ……』
『何も言うな!今、救急車を呼んだから!』
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。

こうして、
ひとつの夜は、血と叫びの中で終わった。

その女の名は、由美子。

そしてそれは、
この世界の“代償”の一端にすぎなかった。
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