ダンテ「神曲」‐ココナラ様で出品した、自己紹介みたいなもの‐混沌の世界

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こんにちわ?こんばんわ、Rayです。

タイトルがすでにカオスなのに来てくださいまして、、

ありがとうございます🧐

自己紹介という形式ばったものでもないのですが、ココナラさんという場所で
開店させていただいている、りゆう、みたいなものを書かないとなーとおもっておりました。

でも、出身が、学校はどこでとか、そういのはいいかなあと思っておりましたところ、、

タイトルにつながります。


「マチネの終わりに」


という平野啓一郎さんの小説があります。

その小説の冒頭に、ダンテ「神曲」のことに触れている文がでてくるんですね。

ちょっと、引用します。
出逢った当時、彼らは、「人生の道半ばにして正道を踏み外し」つつあった。.....中略。彼らもまた、《神曲》の詩句にある通り、「どうしてかは上手く言えない」まま、気がつけば、その「暗い森の中」へと迷い込んでいたのだった。           
        ーマチネの終わりに 平野啓一郎著 文春文庫 p10よりー

という一節です。

「暗い森の中」へ迷いこんでしまったとき、、それは、ひとによってさまざまな状況があると思います。

恋愛かもしれないし、仕事かもしれないし、
家族のことかもしれないし、
あるいは、自分でもうまく説明できない、心の深いところの迷いかもしれません。

私がそうだったとき、あるいはこれからそういう状況に陥った時、私が学んできたことは

現実的な見立て、と、もう一つ深い領域に潜っていくやり方、でした。
厳密には、2つくらい潜っていきますが。

おそらく、目の前に見えている"現実の世界"を、それだけでなんとかしようとすることが不可能になったときの術、が、潜っていった場所から視えること、なのです。

それは、現実から逃げる、ということではなく、
むしろ現実をもう一度、別の角度から見直すための方法なのだと思います。

深く潜っていく人と、"高次"から視ていく人と、いろいろあるのだと思いますが、"別な次元"から視る、ということは共通しているのかなと思っています。

さて、ダンテ・アリギエーリ(生まれ:1265年ごろ~)の『神曲』は、イタリアの詩人ダンテが、人生の迷いのただなかから、地獄・煉獄・天国という三つの世界を旅していく長編叙事詩です。

『神曲』は、ダンテが故郷フィレンツェを追放されたのち、亡命生活の中で書き進めたとされています。

政争に巻き込まれ、失意の中、詩人というもう一つの顔をもつ彼が、混沌とした現実世界を地獄・煉獄・天国という"別な次元"から見ようとしたこと。

もちろん、そのことは単なる空想の旅ではなく、
人間の罪や弱さ、救い、愛、そして世界の秩序を見つめなおすための旅だったのだと思います。そしてなによりも、この叙事詩がダンテ本人の魂の救済であったことは、物語の一貫したテーマでした。

※この時代の作品に、多くの"階層性"が見られる、という事には注意深く目配せする必要はあると思います。

目の前の現実だけを見ていると、ただ苦しいだけの出来事も、
少し深い場所から見つめると、
そこに別の意味や、まだ言葉になっていない流れが見えてくることがあります。

ダンテのその方法は、中世の時代から連綿と続いてきた(そして、おそらくは中世よりももっと過去からの)知恵なのかもしれない。。そのように「マチネの終わりに」の冒頭を読んで思ったのです。


人が「暗い森」に迷いこんだとき
必要なのは、ただ正解を突きつけられることではなく、
いま自分がどこに立っているのかを、少し違う光で照らしてもらうことなのかもしれません。

そうして、"占い師"として、別な次元から混沌を整えること、がもし役割として私に降りてきているのなら、やってみようかな。

そういう自己紹介なのでした。





















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