文化心理学が教える、日本人とファッションの深すぎる溝
「ハイブランドや海外の着こなしを真似しても、なぜか自分が浮いている気がする」「トレンドの服を着ているはずなのに、息苦しい」...。服選びや自分の見せ方に、慢性的な違和感と自信のなさを抱えている大人たちは、実は多いのではないか。しかし、それはセンスの問題でも、体型の問題でも、予算の問題でもない。
もっと根本的なところに、原因があると私は思っている。
ファッションの撮影現場に立ち会っていた頃、ずっと気になっていたことがあった。日本人のフォトグラファーに「もっと寄っていいですよ」と伝えても、あと一歩、被写体に近づけないことが多かった。大概、引きの写真が多い。それがいつも私が思っていた印象で、なぜだろう?と思い続けていた。その答えが、心理学を学ぶ中でようやく見えてきた。
OSが違う、という話
心理学を学ぶ中で、「文化心理学」というジャンルに出会った。
最初は、文化によって「好みや習慣が違う」程度の話だと思っていた。しかし実態は、もっと根深い。文化心理学が示すのは、西洋人と東洋人では「自己の定義」そのものが違うということだ。
わかりやすく言うと、OSが違う。
西洋、特に北米やヨーロッパの人々は「独立的自己観」を持つという。自分は他者から切り離された独立した個人であり、自己主張し、個性を際立たせ、差別化することが価値とされる。認知のスタイルも「分析的」で、対象を背景から切り離し、個体の属性にフォーカスする。
一方、日本を含む東洋の人々は「相互依存的自己観」。自分は他者との関係の中に存在するものであり、空気を読み、調和を保ち、出すぎないことが美徳とされる。認知のスタイルも「包括的」で、対象を背景や文脈ごと、全体として捉えるのだとか。
例えば、色彩感覚の違い。身近な例で言えば、「青信号」がそうだ。あれは誰がどう見ても緑色だが、日本人は長年「青」と呼んできた。色の「どこで区切るか」という感覚そのものも、言語とOSによって違う。日本人が「この色はこの素材、この光、この空間の中でこそ美しい」と感じるのは、包括的認知のOSの必然だ。西洋のファッションフォトがズームや色をバチッと切り取って見せるのも、分析的認知の表れ。
ものの見方、捉え方の根っこが違う。スマートフォンに例えるなら、iOSとAndroidくらい設計思想が異なる。同じアプリを入れても、動き方が変わる。
写真の「寄り」に息苦しさを覚える理由
もう少し、撮影現場の時の話をしよう。
ファッション企画に精通する皆さんなら、覚えがあると思うが、スマホがない時代、私たちはイタリアやフランス、アメリカのヴォーグを見まくって、企画の参考にと切り抜いてストックしたものだ。リンドバーグ、アヴェドンなどファッションフォトグラファーの巨匠が撮影する欧米のファッション誌は、強烈なクローズアップの、被写体の顔や素材のディテールだけを切り取り、背景を完全に排除した構図が多い。あれは「分析的認知」のOSを持つ西洋人にとって、極めて自然な見せ方だった。対象を背景から切り離し、個体の属性だけにロックオンする。それが彼らの脳の、デフォルトの処理方法だからだ。
しかし「包括的認知」のOSを持つ日本人にとって、背景をトリミングされ、個体だけを強制的に見せられる構図は、どこか閉塞感をもたらすのだという。全体の文脈を失った状態で、一点だけを凝視させられる感覚。それが、息苦しさの正体だ。日本人のフォトグラファーが「あと一歩、寄れない」のは、センスや度胸の問題ではなかった。OSレベルで、引いた視点で世界を捉える脳を持っていたからだ。そしてその引きの視点こそが、余白を活かした日本的な美意識と、深いところで繋がっている。これは大変興味深い話だった。
欧米ファッションを追いかけた先にあったもの
欧米のファッション哲学の核心は「個の表現」だ。「私はこういう人間だ」と服で宣言する文化。自己主張を美しく、あるいは挑発的に可視化する文化。それは独立的自己観というOSの上でこそ、自然に機能する。
相互依存的自己観を持つ日本人にとって、「服で自己主張する」という行為は、どこかに無理がある。目立ちすぎてはいけない、浮いてはいけない、でも遅れてもいけない...そのせめぎ合いの中で生まれたのが、「みんなが着ているブランドを持つ」というバブル時代の消費行動だったのか?個性の表現のはずが、同調の手段になる。差別化のためのブランドが、横並びの証明になる。これはバグだ。しかしそのバグを、誰も「バグだ」と気づかなかった。OSレベルの問題だから、アプリの画面を見ているだけでは見えない。
冒頭の「ハイブランドを真似しても浮いている気がする」という違和感の正体も、ここにある。欧米のOSで設計された服を、日本人のOSで着ようとしているのだから、どこかにズレが生じるのは当然だ。
思えば、オンワード樫山時代にそれを目撃していた。当時、インポートブームの全盛期があった。ヴェルサーチ、アルマーニ、ジャンフランコ・フェレ....イタリアの巨匠たちの服が、日本中に溢れた。好んで着ている日本人は多かったが、どこか「借りてきた服」という印象が拭えなかった。当時の私は、ただ「似合っていないものを着ているな」としか思っていなかった。
しかし今なら、別の言葉で説明できる。あの服たちは、独立的自己観のOSの上で設計されたものだ。個を際立たせ、存在を主張するために作られた服を、相互依存的自己観のOSを持つ日本人が着る。馴染まないのは、当然だったのだ。似合う・似合わないの問題ではなく、OSの問題だった。
「ローカライズ」という言葉の軽さ
グローバルブランドが日本市場に参入する時、よく「ローカライズ」という言葉が使われる。しかし、OSレベルの違いを理解した上でのローカライズと、表面だけ整えたローカライズは、全く別物だ。
日本の文化的価値観、美意識、「間」の感覚、引き算の美学...そういったものを本当に理解した上でブランドを展開しているグローバル企業が、果たしてどれだけあるのだろうか。多くの場合、「ローカライズ」は翻訳とサイズ、価格調整で終わっている。
そして日本側も、自国のOSを誇りに思うより、欧米のOSに合わせることを「洗練」と勘違いしてきた節がある。日本の文化が薄れつつある現代において、「ローカライズ」という言葉がやけに軽々しく聞こえるのは、このためだと思っている。
日本人のOSは「関係性を守るための自己卑下」
内閣府の「子ども・若者白書」で、日本の若者の自己肯定感が、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・韓国・スウェーデンとの7カ国比較で断トツの最下位というデータです。「自分自身に満足している」と答えた日本の若者は約45%、対してアメリカは約86%。
これ、今回の文化心理学の文脈と完全に一致する。
相互依存的自己観のOSを持つ日本人は、自己卑下が文化的に最適化された戦略。だから自己肯定感が「低く出る」のは当然とも言える。ただ問題は、それが戦略ではなく本当の自己評価になってしまっている人が多いことだ。
自己卑下は、日本人特有の行動パターンだった。
「いやあ、私なんてまだまだで」「たいしたことないんですけど」...日本人なら誰もが使う言葉だ。表向きは謙遜だが、その裏には「そんなことないですよ」という他者からの肯定を待つ構造がある。これは怠慢でも嘘でもない。相互依存的自己観のOSからすれば、自分を低く置くことで関係性の調和を保つ、極めて合理的な戦略なのだ。メディアが垂れ流すオリンピック報道の「お涙頂戴」が日本人の感情回路に刺さるのも、結果より苦労、栄光より感謝...という文脈が、このOSと完全に一致しているからだ。
しかし、ここに落とし穴がある。
他人に肯定してもらうための自己卑下は、相手のリソースを搾取する。心理学に「ウィルパワー(意志力)」という概念がある。人間の認知的・感情的リソースは有限で、使えば減る。他者の自己卑下に付き合い「そんなことないですよ」と返し続けることは、相手のウィルパワーを消耗させる行為だ。本人に悪意はない。しかしOSの設計上、無意識に「搾取」が起きている。
「うざい」と感じるのに言語化できなかった人間関係の疲弊は、多くの場合ここに原因があるではないだろうか。
私たちが本当に愛すべきもの
相互依存的自己観を捨てろ、ということではない。それは文化の否定になる。日本人のOSには、欧米が持ち得ない豊かさがある。繊細な感受性、他者への配慮、余白の美学....それらは相互依存的自己観があってこそ育まれる。むしろ、それは欧米が嫉妬するほどのものではないか。
問題は、関係性のために自分を消すことと、自分の意志で選択することを、混同してきたことだ。
私が最近、美しいと思うのは、他人の目を気にせず、自分の意志で道を舗装している人だ。SNSのフォロワー数に左右されず、トレンドに流されず、「これが好きだから選ぶ」という軸を持っている人。自己卑下でも自己顕示でもなく、静かに自己完結している人。それは最高の自己愛だと思っている.
ファッションに引き寄せて言うなら、「皆が着ているから」でも「ブランドだから」でも「安いから」でもなく...「自分がこれを好きだから」という一点で服を選べる人が、本当の意味でファッションを楽しむことできるはずだ。
そして今、ファッション業界に求められているのは、この文脈を知る人間だと思っている。日本人のOSを熟知した上で、欧米のファッション哲学を咀嚼し、自分たちの美意識でアレンジし、編集し直す力。それは翻訳ではなく、再構築だ。
欧米のOSで設計されたファッション哲学を追いかけることをやめた時、初めて見えてくるものがある。日本人のOSで、日本人の美意識で、自分だけのスタイルを編集する。それこそが、これからのファッションの豊かさではないかと、私は思っている。
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