小説にも「魅力的な俳優」をキャスティングする方法がある――人物を立ち上げる描写

小説にも「魅力的な俳優」をキャスティングする方法がある――人物を立ち上げる描写

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学び
テレビドラマを見ていると、主人公には外見的にも魅力のある俳優が起用されることがあります。

一方、脇を固める俳優には、少し癖のある風貌や独特の雰囲気を持った人が起用されることもあります。

全員が同じような雰囲気では、画面がのっぺりしてしまう。

だからこそ、それぞれ違った存在感を持つ人を配置することで、ドラマ全体に幅が生まれるのでしょう。

では、小説ではどうでしょうか。

小説には俳優がいません。

「この役には、この俳優を使おう」

ということができない。

それでは、小説における「キャスティング」とは何なのでしょう。

私は、その一つが描写や設定ではないかと思っています。

「社長です」と書くだけでは、まだ人物は見えてこない


たとえば、ある人物を会社経営者として登場させるとします。

そのとき、

「彼は会社の社長だった。年商は○億円だった」

と説明することはできます。

情報としては分かりやすい。

しかし、それだけでは「経営者」という名札を人物に貼っただけで、その人固有の姿まではなかなか見えてきません。

ここで参考になるのが、上田岳弘さんの『ニムロッド』です。

作中には、主人公が社長に誘われて飲みに行く場面があります。

その店は社長の行きつけで、主人公が連れていかれるときには、定休日なのに特別に店を開けてもらっている。

しかも社長は頻繁に飲み歩いており、人と話していたいタイプらしい。

大きな事件が起きているわけではありません。

物語の中心的なテーマを直接説明しているわけでもない。

ところが、これだけの情報から、私は社長という人物についていろいろ想像してしまいます。

それなりにお金を持っているのではないか。

店との間に、特別に開けてもらえるほどの関係を築いているのではないか。

人付き合いが好きなのではないか。

社員とも比較的こまめにコミュニケーションを取る人物なのではないか。

もちろん、どこまで読み取るかは読者によって違うでしょう。

重要なのは、作者が、

「この社長は金持ちで、人付き合いがよく、コミュニケーションを大切にする人物です」

と説明していないことです。

何気ない生活上の設定を置くことで、人物像を読者の中に立ち上げている。

ここに人物描写の面白さがあります。

人物描写は「容姿を書くこと」だけではない


小説を書き始めた頃、人物描写というと、

「背が高かった」

「髪が長かった」

「目つきが鋭かった」

といった外見描写を思い浮かべがちです。

もちろん、それも人物描写です。

しかし人物を立ち上げる材料は、もっと広い。

どんな店に行くのか。

店員からどう扱われているのか。

人をどこへ誘うのか。

どんな頻度で誘うのか。

食事をするとき何を頼むのか。

他人が話しているとき、どんな態度を取るのか。

こうした人物の周辺にある小さな事実も、すべて人物描写になり得ます。

ドラマなら、俳優が画面に現れた瞬間に、風貌や声、歩き方、表情など膨大な情報が観客へ入ってきます。

小説には、それがありません。

だから作者が言葉によって「キャスティング」する必要がある。

そして面白いのは、必ずしも、

「彼はこういう人物だった」

と正面から説明する必要がないことです。

むしろ、その人の周囲にあるものを書いてみる。

 「その人物が何をしているか」から考えてみる


人物がうまく立ち上がらないとき、私はこんなふうに考えてみるのも一つの方法だと思います。

たとえば、

「裕福な人」

と書きたいなら、「裕福だった」と書く前に、その人はどんな店に行くだろう、と考えてみる。

「孤独な人」

と書きたいなら、「孤独だった」と書く前に、休日の夕方、その人は何をしているだろう、と考えてみる。

「神経質な人」

なら、コンビニで商品を一つ買うだけでも、何か特徴が出るかもしれません。

つまり、

人物の性格 → 説明

と直結させるのではなく、

人物の性格 → 行動や環境 → 読者による人物像の形成

と、一段階挟んでみる。

『ニムロッド』の社長の描き方から、私はそんなことを考えました。

物語を進めない文章にも仕事がある


もう一つ、この例から学べることがあります。

小説を書いていると、

「この文章はストーリーを進めていないから削った方がいいのではないか」

と思うことがあります。

確かに、不要な文章を削ることは大切です。

でも、

物語を進めていない=仕事をしていない文章

とは限りません。

ストーリーは一歩も進んでいなくても、人物を立体的にしているかもしれない。

舞台となる世界に厚みを与えているかもしれない。

語り手が世界をどのように見ているのかを示しているかもしれない。

そう考えると、文章を残すか削るかを判断するとき、

「物語を進めているか」

だけではなく、

「この文章によって、この人物が少しだけ生身の人間になっているか」

と問い直してみることができます。

テレビドラマなら、魅力的な俳優をキャスティングできます。

小説では、それができません。

その代わり、小説家には描写があります。

人物の顔を長々と説明しなくてもいい。

その人が行く店、その店との関係、誰を誘うのか、そこで何をするのか。

そんな何でもない設定の中に、人物をそっと溶かしておく。

そして読者自身に、

「この人、こういう人なのかもしれない」

と思ってもらう。

それもまた、小説における「キャスティング」の一つなのではないでしょうか。

あなたの小説の登場人物は、どんな店に行き、何を頼み、誰を誘っているでしょうか。そこまで書けているか、一人の読者として確認します。


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