(1)問題
① 「見たことのないものを作る」というのは、「無から有を作る」ことに通じるように思います。しかし、それは可能なのでしょうか。
② 仮にあなたが、小説を書くとします。「無から有」の形で、物語を書くことが可能でしょうか。著名な小説や戯曲のことを思い描いてください。それは既存の事件や筋書き,台詞せりふや言い回しの巧妙な組み合わせで、できているかもしれません。近松門左衛門は、実際に起きた事件をもとに《曽根崎心中》《心中天の網島》を書いたことはよく知られています。シェイクスピアは先行作品に依存したことはすでに書きました。そんなに古い例を持ち出さなくても、現代の作家も似た状況にあるのではないでしょうか。
③ 音楽の場合はどうでしょうか。無から作ることができるでしょうか。言葉を理解する前から聞かされた子守歌は私たちの無意識に潜んでいるに違いありません。さらに音楽史や和声学,旋律論,作曲法を身につけるうちに先人が私たちに乗り移るかもしれません。ゼロから何かを作ることは不可能ではないかという考えに導かれそうです。
④ もしかして「創造の秘密」とは私たちが過去に受け取れていない知識や情報の思いがけない組み合わせなのではないでしょうか。
⑤ 実は、「創造的な仕事」と言うとき、それは、これまでにないものを作る「発明」の世界でも同様のことが起きています。身近な実例を iPhone などスマホに見ます。まず,機能面において、スマホは、電話機とカメラ、音楽再生装置,検索端末,辞書,メール、ゲーム機などが組み合わさっています。
⑥ 次に、物体としてみると、スマホという機械を構成しているのは、気の遠くなるような多数の小さな部品と部品の精巧な組み合わせです。スマホに使われる特許数は機能の集積なのですね。
⑦ 発明の歴史を見るとき、大胆な組み合わせが、時代を変えるような装置や機械を実現しているケースを発見できます。例えば,活版印刷術。グーテンベルク(1398-1468)は決して「無から有を作った」発明者ではありません。彼の前にも、印刷術はヨーロッパや中国にもありました。彼の革命的な偉業とは、それまでに存在した3つの技術の組み合わせでした。1点目,鉛に錫すずとアンチモンを加えた活字合金を開発したこと。この活字はインクのなじみ具合に優れます。2点目,印刷に適した油性インクを開発したこと。3点目,当時最先端のぶどうしぼり機を応用してプレス式の印刷台を考案したこと。つまり、「活字」「インク」「印刷台」の3点セットの組み合わせを考案し、それまでの印刷技術を一段と前進させたことがグーテンベルクの画期的な功績です。
⑧ シェイクスピアは先行作品に依存したことはすでに書きました。そんなに古い例を持ち出さなくても、現代の作家も似た状況にあるのではないでしょうか。
⑨ ワットの蒸気機関やライト兄弟の飛行機,エジソンの蓄音機なども既成技術の組み合わせという側面があるのではないでしょうか。
⑩ 創作や発明において,既存の素材やアイデアの「組み合わせ」が重要な役割を果たすのであれば、過去の遺産が「画期的なもの」や「これまでにない何か」を作る際の源泉になることを意味します。この考えを進めれば,私たちがクリエーティブ(創造的)であるためには、過去にこそヒントがあると言えそうです。
⑪ 音楽や文芸,美術など著作権分野に限らず、ファッションや料理の分野でクリエーティブであるためには、 さまざまな要素の組み合わせに目を向けることが必要です。意外な組み合わせが、これまでにないものを生み出すようです。インスピレーションとは、頭の中にある整理されていない知識や情報の思いがけない組み合わせなのではないでしょうか。
⑫ 意外な組み合わせが必要ということになれば、アイデアの引き出しが多ければ多いほど良いということになります。多様な経験や考え方,豊かな知識こそが,私たちの創作(そして発明)に役立つと考えられます。
⑬ 同時に、何かを探求しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力が大事なのかもしれません。皆さんも,漫然と新聞を眺めているときに,あるいは家族や友人との何気ない会話の中で,抱えている課題を解く糸口を偶然発見することがあると思います。予想外のものを見つけることを「セレンディビティ」と呼びます。
⑭ 科学分野においても、セレンディビティが重要な役割を果たす場合があります。当初の目的の実験は失敗しても,そこからインスピレーションを得て,全く別の価値あるものを発見することがあります。偶然の産物を得るには、柔軟な思想と、つねに前向きな好奇心,発想の転換などが必要です。発明の世界でも,一見,関係のない世界から新しい要素を得ることで、新たな発明がなされたケースが参考になると聞きます。例えば、生物学者のフレミングによるペニシリンの発見は偶然の産物だったと習いましたね。
⑮ 創造的であるためには、情報の入力(インプット)の段階で、幅の広い多様な知識やアイデア,体験がものを言いそうです。表現する作業(アウトプット)では、「組み合わせ」のあり方が重要です。
⑯ 組み合わせの段階で、時によっては大胆な削除や誇張,強調が有効です。シェイクスピアの《ロミオとジュリエット》やモーツァルトの《レクイエム》が示すように,先行作品に徹底したメリハリを加えることで、コンテンツに新たな息が吹き込まれる場合もあります。その際、私たちに都合がよいのが,著作権が消滅して※パブリックドメインになった古典でしょう。無数のヒント,無数のアイデアがあふれていそうです。
(宮武久佳『正しいコピペのすすめ一模倣,創造,著作権と私たち』による。原文を改めた箇所がある。
※(注) パブリックドメイン…特許権や著作権が消滅して、誰でも自由に利用できる状態にあること。
(問1) 傍線部「同時に、何かを探求しているときに,探しているものとは別の価値あるものを見つける能力が大事なのかもしれません」とは、どういうことか、わかりやすく説明しなさい。(二〇〇字以内)
(問2) 「創造」に対する筆者の考えについてまとめ,それに対するあなた自身の考えを述べなさい。(四〇〇字以内)
(2)解答例
(問1)
科学分野において当初の目的の実験は失敗しても,そこからインスピレーションを得て,全く別の価値あるものを発見し、発明の世界でも,一見,関係のない世界から新しい要素を得ることで、新たな発明がなされたケースが参考になるといった予想外のものを見つけるセレンディビティのように、情報の入力(インプット)の段階で、幅の広い多様な知識やアイデア,体験がものを言うこと。(197字)
(問2)
ものを創造するに際して無から有を作ることは不可能であり、私たちが過去に受け取れていない知識や情報の思いがけない組み合わせが創造をもたらす。こうした意味で古典は無数のヒントやアイデアがあふれている。
芥川龍之介の『羅生門』は『今昔物語集』を題材にしたことはつとに知られている。また、夏目漱石の『夢十夜』の「第十夜」で豚の大群が谷底に落ちる場面はマタイによる福音書の一節からインスピレーションを得たものであろう。
このように、文学作品の多くは用の東西を問わず古典を下敷きにしている。このことで豊かなイメージを喚起し物語の深みをもたらしていることに気づかされる。これから貴学で文学の道を志すにあたって多くの古典を読んで教養を身に着けたい。こうした教養は文学の中だけでなく、現実世界で困難に直面したとき,課題を解決するヒントを必ずやもたらしてくれるであろうことを確信する。(398字)