「平和学の変遷」中央大学経済学部高大接続入学試験、海外帰国生等特別入学試験2023年度

記事
学び

(1)問題


次の文章を読んで、以下の問いに答えなさい。

① 平和学はヨーロッパ、アメリカで誕生した当初、ピース・リサーチ(PieceResearch)つまり「平和研究」と呼ばれていました。現在、日本のあちこちの大学で開かれている講座名としては「平和学」がよくつかわれるのですが、もともとアメリカ、ヨーロッパでは「平和研究」という言葉がつかわれていました。この言葉は、科学的な研究方法を用いて、平和の問題を研究するというイメージが非常に強いのですが、単にイメージだけでなくて,実際は、この学問が欧米で一九五〇年代の終わりから六〇年代の初めに誕生した当初、平和研究をやっている学者たちの書く論文は、彼らが目指していた研究方法にのっとって、つまり科学的に、平和に関する知識を蓄積するものでした。

② 科学的ということは、イデオロギー的な立場、政治的な立場、思想・信条にかかわりなく、つまりクリスチャンであれ、仏教徒であれ、マルクス主義者であれ、リベラリストであれ、あるいはどんな国家であろうと、平和研究によって得られた知識を応用すれば平和を脅かしているさまざまな問題を解決できる、また、解決するのに役立つ、そういうものを目指してきました。役立つ知識というのは、主観的にでなく、客観的に蓄積された知識です。客観的な知識というのは、どんな立場の人でもつかえるはずの知識です。そういう知識を生み出すための研究方法として、科学的という言葉がしばしばつかわれるのです。

③ ちょうど、医学と平和学を並行させて考えるとわかりやすいのですが、医学は人間の病気を治す学問です。そのためには、人間の病気がなぜ起こるのかということを研究しなければならない。それが医学における基礎研究です。その基礎研究によって生み出された知識が、多くの医者によって現実の患者の診断と治療に適用されるのです。平和学の学問を始めた人たちのうち多くの人は、医学の基礎研究に相当するものをめざしました。国際社会における平和を脅かすもの、それは常識的には戦争ですが、その戦争がなぜおこるのか原因をつきとめて、平和な国際社会を築きあげる条件を考える。つまり、戦争の原因を科学的に研究し、平和の諸条件を科学的に明らかにしようとしました。

④ ここでは戦争を社会的病理現象として考え、そういう病気の一種である戦争をなくすにはどうしたらいいかということを考えようとしました。そういう意味で、先ほど述べた客観的な知識、つまりその知識をつかえば、平和を脅かしている紛争、戦争の解決をはかることができるという期待をこめて、平和研究という学問がはじまったのです。要するに、医学によって生産され、蓄積され、応用される知識も科学的でなければならない、という考えです。

⑤ 平和研究が誕生した一九五〇年代の終わりというのは、米ソ冷戦が非常に危険な状態で、ひょっとしたら核兵器をつかった戦争が起こるかもしれないという状況でした。それをなんとしてもやめさせなければならない、核戦争を引き起こすような紛争のダイナミクスをなくさせるにはどうしたらいいがという危機意識が芽生え、とくにアメリカの心理学者、社会学者、経済学者、国際関係の専門家たちが中心になって研究が始まりました。ヨーロッパでも基本的には変わりありません。共通しているのは、平和を脅かす諸条件、つまり紛争の諸原因を科学的に研究して、平和のための諸条件を明らかにする、という点です。

⑥ ところが、医学の場合でも、たとえば脳死の際の死の判定、機器移植をどう考えるか、あるいは、クローン技術の人間への応用をめぐる議論などではいったい人間というのは何なのかという根本的問題が生じざるをえません。このように医学における基礎研究と応用研究の関係でさえも、そう簡単に科学的知識を生産し、蓄積し、それを応用していけばすむという時代ではなくなっています。ましてや、戦争は社会の病気かどうかということも、実はわからない。社会の病気でなくて、人間の生理かもしれません。少なくとも、戦争が明確に悪だとされたのは、二〇世紀に入ってからです。つまり、戦争の破壊力がその目的をはるかに凌駕するようになってから、戦争というものが明らかに悪とされるようになったのです。戦争は経済の発展に役立つという考え方もありました。多くの心理学者や精神分析学者たちは、戦争は人間の情動をつき動かすもっとも根源的なもの、人間心理の作用である攻撃性、攻撃本能に根ざすものと考えてきました。

⑦ そういうふうに考えますと、戦争を社会の病理と考えてしまうこと自体が正しいかどうかわかりません。ましてや、平和という言葉で表される諸問題は、そう簡単に科学的に研究できるものだろうか、というふうに疑問を発したほうが、むしろ正しいアプローチができるかもしれません。「戦争の原因を科学的に研究して、平和の諸条件を明らかにする」などと口で言うことは簡単だけれど、実際にはそんなに簡単なものではありません。そもそも平和の問題を研究するときに政治的立場や思想・信条の違いを超えて科学的に、客観的な役立つ知識を生産することは本当に可能だろうか、というふうに疑問を発すれば、リサーチという言葉で表された平和研究は、平和について研究することのほんの一部であるということが人間にとってきます。だから、哲学者とか思想家,政治学者や法律学者、経済学者などがさまざまな学問を応用して、平和というのはいったいどういう状態をいうのか、そういう平和を脅かす条件にはどういうものがあるのかということを研究するようになります。それは必ずしも客観的ではないにしても、そういうかたちでしか、平和というものはとらえられないのではないか。新たに平和研究にのりだした人たちの意識は、科学的研究だけでなく、もつとマクロな(大きな)立場で、いったい平和というものをどういうふうにとらえたら、より人間にとつて真実に近い平和という概念に男達できるだろうかというものでした。このような関心から、ピース・リサーチというものが、ピース・スタディーズ(平和学)と呼ばれるようになったのです。ピース・スタディーズ(Peace Studies)複数形であるところに意味があります。

⑧ ここで重大な修正をしなければなりません。もともとの平和研究は、「戦争(紛争)の原因の科学的研究と平和の諸条件の探求」と定義することができるでしょう。けれども、必ずしも科学的に研究することだけが平和研究でないとすれば、戦争の諸原因をさまざまな学問を動員して究明し、その上で平和の諸条件を明らかにする、というふうに定義が拡大していきます。平和学という学問の名称はたんに名称の問題にとどまらず、平和研究が誕生してから今日までの約四〇年の間に、その内容、イメージが変わってきたことをも意味しています。

⑨ ピース・リサーチからピース・サイエンス(平和科学)へというように、もつと厳密なものにしょうという研究者たちがいる一方、平和研究から平和学(ピース・スタディーズ)へというように、もつとあいまいなもの、客観的知識にこだわらないものにしようという人々もいます。ピース・サイエンスを志向する人たちはコンピューターを利用した数学的処理を行って論文を書いていますが、圧倒的多数はピース・スタディーズを志向しています。つまり平和学は、客観的で科学的な学問であるよりむしろ、批判性および個々の主観の多様性や世界観を重視することによって、現実に有効な知識の生産を目指すようになったのです。

⑩ たとえば、政治学における科学的なアプローチの一つとして、人間の投票行動パターンの研究があります。けれども、二〇二〇年の東アジアにおける米国・中国・日本の三国間関係がどうなるかを科学的に予測せよという問題に対しては、たぶん、ほとんど失敗するでしょう。つまり、そういう問題に対しては科学的に研究することができません。一方、米・中・日を巻き込むような軍事紛争がおこらないようにするために、現時点でどういう三国間関係がつくられればいいのか、つまり平和の諸条件をいくつかつくっていくことはできます。これは科学的研究ではないけれど、現状批判的観点、創造的な研究方法です。したがって、ぼくなりに平和学を定義しなおすと、「戦争の原因を、多くの学問を応用してつきとめ、平和の諸条件を探求する学問」ということになります。平和学は、かつては学際的(Transdisciplinary)、つまり政治学や法律学や社会学などさまざまな分野の人の共同研究というイメージが強かったのですが、いまは一人の人が多学応用的(Transdiciplin ary)に研究するになってきています。

出典:高柳先男『戦争を知るための平和学入門』(ちくまプリマーブツクス)六〜一二頁、筑摩書房、二〇〇〇年)

問一 なぜ平和学は医学と対比させて語られるのか、二〇〇字以内で説明しなさい。

問二 「ピース・リサーチ(平和研究)からピース・サイエンス(平和科学)へ」。「ピース・リサーチ(平和研究)からピース・スタディーズ(平和学)へ」という二つの流れが存在しています。まず、これら二つの流れを整理し、次に「圧倒的多数はピース・スタディーズを志向しています」とする著者の見解について自由に考察を加えなさい。あわせて八○○字以内で答えること。

(2)考え方


問二 

ピース・リサーチとピース・サイエンスとを表にして比較・整理する。

スクリーンショット (203).png


(3)解答例


問一
平和学では戦争を社会的病理現象として考え、病気の一種である戦争をなくす方法を考えようとした。それには、客観的な知識をつかえば、平和を脅かしている紛争、戦争の解決をはかることができるという期待があった。医学によって生産され、蓄積され、応用される知識も科学的でなければならないという姿勢は、医学と平和学では共通するものがあり平和学を医学と対比させて語れば、この期待に応えることができるから。(193字)

別解
医学で対処する病気が平和学では戦争にあたる。医学が病気を治すために病気の原因を基礎研究で解明し、これによって生み出された知識が多くの医者によって現実の患者の診断と治療に適用されるように、平和学では国際社会における平和を脅かす戦争の原因をつきとめて、平和な国際社会を築きあげる条件を考える。問題の原因や対処法を科学的に研究し明らかにしようという姿勢は医学と平和学では共通するものがあるから。(194字)

問二

 ピース・リサーチは、戦争を社会的病理現象として考え、科学的・客観的に研究できるという前提に立ち戦争の原因を科学的に研究して、平和の諸条件を明らかにするのを目的とした。しかし、戦争は社会的病理現象としてだけでなく、人間の心理も関係するので、平和の問題を研究するときに政治的立場や思想・信条の違いを超えて科学的に研究できるかは疑問とし、平和を脅かす条件にはどういうものがあるのかという問題意識の下、哲学者とか思想家,政治学者や法律学者、経済学者などがさまざまな学問を応用して、平和の定義、平和を脅かす条件を研究するピース・スタディーズ(平和学)が登場した。

 冷戦下の戦争はアメリカを中心とする西側の資本主義とソ連を中心とする東側の社会主義との間でイデオロギーの対立を背景に行われた。しかし、冷戦後の戦争はキリスト教とイスラム教による二大文明の対立という民族や宗教を背景として勃発するというハンチントンの「文明の衝突」が平和学に問題提起をした。イデオロギーや民族・宗教は個人のアイデンティティと深くかかわるもので、必ずしも客観的な指標で計ることができない。また、ソ連崩壊後から顕著になったグローバリゼーションは世界を自由化や情報化の原理で結びつけたが、その一方、世界規模で格差が進展し、伝統的な社会を破壊した。その反動で反近代・反西欧を標榜する一部の過激な原理主義が台頭し、世界各地でテロを引き起こすようになった。

 このように、現代の戦争は社会的病理現象だけで説明しきれるものではなく、その背景には思想や経済、情報技術といったさまざまな要因が複雑に絡み合って起こるものである。こうした理由から、現代の戦争と平和の問題を考える際に、筆者の主張するピース・スタディーズのアプローチを採らなければならないと私は考える。(589字)

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