これまで個別に対応してきたんですけど。私はいつまでこれを続けるのか。
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考えることもありました。
どうも。私が“こういう事”を始めたのは、一回目のプレ期の頃だったようにも思うのです。
後で考えてみた時に。ですよ。
ふと、それに気が付いた時に=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)エッ。と思ったのはしょうがない。
で。まぁ。
今に至るんですけど。
それが。
いいか悪いかは(\-_-)\オイトイテ。
さすがにちょっと。
本格的に風の時代に入ったと言うのに。
何も変わっていない。
「あきれてものが言えない」とはこのことか。
逆に言うと。
私がこれまで感じて、語ってきたことにブレはない(そのまま記事が使える)と言うのはいいことなんでしょうね。
で。
どうも最近。個別に記事にしていても。
「テーマがだいたい被ってきている業界人」っているんですよ。
私からするとね。
あと。
やっぱり「風の時代」なのです。
私がジャッジをする必要はないのです。
もはや目の前にあるのです。
本人に“それが”わからないんでしょうね。
まぁ。
風の時代に「現実化が速くなっている」と、語った業界ですからね。
自らの行動の結果は“本人のもの”なのです。
その行為のすべては、魂に刻まれているのです。
・・・
「相手が悪い=私が悪い訳じゃない」にしたいままの人がそうなるのかもしれませんね。己を振り返ったら。自らの過ちを認めることになるじゃないですか。「=相手を変えようとしていた」みたいな。
2025/03/14
https://coconala.com/blogs/2997019/541122
相手に期待があった。とか。
それが果たされなくて、勝手に裏切られた気持ちになっていた。みたいな。
「私にも悪いところはあった(=引き際を見極められなかったような)」と言った部分です。
...
もちろん。
相手の罪は相手のものです。
私の罪は私のものです。
相手の結果は私のもの。
私の結果は私のもの。
「私は正しく生きてきた」みたいな。
「間違えたことはありません」みたいな。
「罰」と言う概念と言うか。
「汚点になる」と言った気持ちと言うか。
なんか受け入れられないんでしょうね。
表向き「世のため・人のため」に生きていると、余計にそうもなるのかもしれません。
***
別に相手を許す必要はないんですけどね。
ただ。
己であるために。
「私の問題は私のものである」と言うところです。
***
それで。
今日は「夏至」らしいじゃないですか。
新しいものを受け取るためには「空白が必要」と言うじゃないですか。
時に「整理をしてもいい」と言うじゃないですか。
私、サブのアメーバブログを更新したくて。
最初は、同日に一緒に更新していたんですよ。
でも、そこまで時間を取るのが難しくなって。
そのあと、更新日のズレが埋まらなくて。
不満があったんですけど。
時々やっていると、どうしてか古い記事で今またネタにした方がいい記事があるんですよね。
「ここに書いたじゃん」みたいな。
そういうのが必然なんでしょうね。
***
もはや。
「相手と同じ次元に立つ」のではなく。
己を示してもいいのかもしれませんね。
業界人は、己の自慢をしていたところで「カルハの足元にも及ばない」
2025/10/29
https://coconala.com/blogs/2997019/655685
と言う。
“次元の違い”を受け入れていいんだよ。
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