「祈り」と言うのは手段なのです。本人に“己”を思い出させたいのなら、自らを「癒し系」「慈愛に満ちた存在」だと“思わせよう”としている時点で的外れなのです。

記事
コラム
だって。
祈ると言うのは手段です。
「何かをする」と言うこと。


自らは“ある”のです。

ただそれだけです。



ただ“ある”のです。「魂はそこにある」...それを肉体的な(見える)視点で言えば、幸せとか孤独と言うことになるのかもしれません。
2024/07/02
https://coconala.com/blogs/2997019/443408

先に進むことを選んだのは私です。

「終わりはないのか」と。
絶望しかありませんでした。
それは“永遠”です。

...

「魂に至れるか」です。
それは「心の飢え」を満たすようなものになっていないか。

...

それは“ある”だけです。
それが幸せを感じる訳でも。
孤独を感じる訳でもない。
それはただ、
「ある」
私はそれを知るのです。
・・・



・・・
私はツインレイなんです世の中に愛を広められるんです誰かの幸せを願えるんですこんなにたくさんのツインレイたちを導いてきた(導いていける)んです! とかそう言う見返り(名声)を求めた話じゃないのよ。
2025/04/06
https://coconala.com/blogs/2997019/551484

だって。
愛は旦那さまがくれるもん。

だから。
あとは。
「存在する」
ただ一点。

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