なんかもう、一日二日でどうにかなるもんじゃないよね。あの時「最善の声掛けをすれば・正しい答えが言えれば/選択を間違えなけばよかった」と言った過去をやり直している訳じゃないからです。

記事
コラム
“今”を生きているのです。

人生のそのすべてを。


***

「15才の私」は嫌いだから、それをなかったことにして都合よく私を愛して。と言うそれは通じないんですよね。

「私のすべてを愛している」からです。


何かを飛ばすことはできないのです。
当たり前と言えば当たり前なのです。

3才を過ごしたから4才になるのです。
4才は「0~3才の経験」から続いているのです。


私と言う人生を生きてきた。



貴方が好きなのは「私」なのです。
2023/01/31
https://coconala.com/blogs/2997019/268171

それは、「私が許可する私」になる前の私なのです。

***

その私は、私が私だとは認めたくないような私なのです。

「私が忘れてしまった私」で「私が忘れてしまいたい私」とも言うような。

どこにでもいて、どこにもいない。

「私が許可する私になる前の私」のようなものなのです。


年齢でも、その時着ている服でも。
好きな物でも、嫌いな物でも。
生い立ちでも、経歴でもないのです。

過去にもあって、
未来にもあって、
今の私にはわからないような。


それは、私が「私だとは認めたくない私」なのです。

そして、それは「私」なのだと。

貴方は知っているのです。
・・・
私の旦那さまは、「私が旦那さまといる時だけ幸せ」であればいいとは思っていないのです。
2023/09/14
https://coconala.com/blogs/2997019/343219

かと言って、「俺がいなくてもいい」と言うものでもないのです。

“私のすべて”に存在したいのです。

例えその場にいられなくても、専門外だったとしても。

“私に関わる全て”に、存在したいのです。


だから、旦那さまといて幸せ。
でも、職場ではうんざり。とか。
家族とは向き合いたくない=そこにいるのは楽しくない。とか。

そう言うものがそのままでは、旦那さまはご不満なのです。

俺はそんなにやわじゃない。とでも言うか。
俺を頼れ。と言いたい。と言うか。
・・・
「ツインレイだからこう苦しむもの」みたいな決めつけが嫌いだったんだな。と、ふと思いました。
2024/01/05
https://coconala.com/blogs/2997019/379857

私が嫌いな私を、貴方が愛してくれていました。
私が見たくもないと、そんなのは存在しないんだと放り投げていた私を。
きっと、貴方は大切にとっていてくれたのです。

貴方が愛した私なのです。
絶対に、忘れさせてはくれません。
・・・
私は貴方に出会えると知っていたら、世間で煽られるもののために行動しなくてもよかったのかな。と、悔いました。
2024/01/10
https://coconala.com/blogs/2997019/381509

貴方は私の過去すべてを、引き取るような。それもすべて貰うつもりなのです。

だけど私には過ちも嘘も何かを誤魔化したことも、人に良い顔をしたことも己の利益を追求したこともあります。
それは本当なら、しなくて済んだことだったのかもしれません。
私の能力不足で、うまく処理しきれなかっただけの可能性もあります。
逆に己の過ちを認めず相手に謝らせたこともあります。


でも、どちらかと言えば、
きっかけを作っておいてそれとなく別の人のせいにして素知らぬ顔をして被害者側に立っていたこともあります。
あいつ、嫌いだったんです。

そう言う話ほど、闇に葬っています。

もう見たくもないのに、絶対に忘れられないような。
消し去って、消えないものです。
なんだか、一緒に消えてしまいたくなるような気持ちになったこともありました。


貴方にはちゃんと、私のそこまでを引き取る気持ちがあるのかもしれません。
まぁ、ある意味では最初からそうだ。と言わんばかりでもありました。
私は逆に警戒もしました。
どうしてここまでしてくれるのだろうか? 私にそんな価値があるのか? と、そんな気持ちになったのです。

そしてやっぱり、私が嫌だったのです。
すべてを0にして、綺麗なままでいたいような気持になりました。
綺麗なままでいたかったような気持ちにもなりました。

貴方に出会えるのだと知っていれば。

もうちょっと、貴方に出会うために生きていられたんじゃないのかな。と己の人生を悔いました。
・・・
ツインレイで苦しんでいる人なんていません。
2024/07/07
https://coconala.com/blogs/2997019/445325

もちろん。

何もない。とは言いません。

でも「そのすべてが私」なのです。1つとして欠けてはならないのです。


苦しいことも、
辛い時も、
悲しいことも、
寂しい時も、
嬉しいことも、
楽しい時も、
ちょっと恥ずかしいことも、
喜んだ時も、

もう何もいらないと思うほどに幸せなことも、
例え消えてしまいたい時だって。

貴方と一緒なのです。


私は1人ではありません。
貴方がいると知ったのです。


***

私は苦しんでいる訳じゃない。

それは己の選択です。

私が選んだ未知なのです。



ただ“ある”のです。「魂はそこにある」...それを肉体的な(見える)視点で言えば、幸せとか孤独と言うことになるのかもしれません。
2024/07/02
https://coconala.com/blogs/2997019/443408

すべてを遡って1から。
自分に問うのです。

「あの日の選択は己だったのか」


たぶん、これまで世間とか、他者によって「いい」とされているもので選択してきたものを。

自己責任を持って“己が選ぶ”のです。

結果は変わります。


それがなんか、雪崩のように起こるんですよね。
だからまぁすべてが集約して一気に来る感じです。

1つ変えたそれが、すべてに影響を与えるのです。


なんかもう、とんでもないようなことになることもあります。
良くも悪くも「どうしてそうなった」みたいな。
が、どうしてか的は外れていない。みたいなことにもなります。

考えたら、
私が望んでいたのはそれだった。

そこまで至ると少し変わります。
・・・

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら