だって、第三者からすれば、双方の意見を聞いてみないとなんとも言えないのです。
どちらにしても、
“多数決”を持ち出して『己の方が正しくて、かつ、困っているんだ』と、言いたいだけなら。
被害者面がしたいだけか。とも思います。
まぁ、母親に問題がない。とは言いません。
変に高額商品買ったりとか、妙な健康志向や儀式のようなものにハマられても困ります。
戻らない時間も関係もあるのでしょう。
母親に問題があるのは確かかもしれません。
でも、どうなのでしょうか?
子が「己の問題を母親に解決させる」ために、母親に「己に話の通じる相手」でいて欲しいだけなら、親離れを促されている。とも取れます。
例えば、
・実は己の夫とうまく行ってない
・何かで母親の手を借りようとしている
→向き合うべきは母親ではなく、自分または自分の夫のため、母とはすれ違う。
夫が、過去に「妻から話し合いの時間を設けたい」と言われたのに無視し続けた可能性もあります。
・実は、家の事(家族と向き合う)から逃げてきた
・過去にも、本当には家族と向き合ったことはなく、血のつながりのある両親・兄弟姉妹の問題を妻に解決させようとしてる
→“夫婦”の時間を設ける必要がある。と促されている。
→血のつながりのある家族と“己が”向き合う必要がある。
そこで、どこまで行っても『自分は悪くないんだ』と言いたいだけなら。
話をした知り合いに「大変だね(ざまぁみろ)」とか、ほくそ笑まれるのかもしれません。
こういう時、日ごろの行いが物を言いますね。
これが例えば、普段から母親の過度な過干渉に困っている子からすれば、
別な事に気を取られているから「解放されて最高」とそうなるのかもしれません。
なんか趣味でも見つければいいのに。と言う気持ちがあるからです。
まぁ、その家族の家族関係が今後どうなるのか、どうなりたいのか。
こればっかりはわかりませんね。